連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
クイズ王は、意外と賞金をもらっていない。
『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ系)などの影響により、「クイズ王は賞金稼ぎだ」というイメージは長らく存在する。しかし、現在放送中の『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』(日本テレビ系)を含めいくつかの特殊な番組が存在するだけで、平成以降のクイズ史においてはそういった番組のほうが圧倒的に稀なのだ。
私自身、クイズをはじめてから今までほとんどそういった番組には出たことがなく、結果として賞金とはかなり無縁だ。なにせ、生涯獲得賞金の7割くらいは『逃走中』によるものである。学力ではなく脚力で稼いできたのだ。
そんな私の数少ない実績が、2012年にフジテレビで放送された特番『Q1~史上最速の頭脳スプリントバトル~』である。その優勝賞金、占めて72万円。
当時高校2年生だった私には身に余るほどの大金だった。封筒から出てきた札束の、なんと魅惑的なフォルムよ。あの束感は、いまだに脳裏に残っている。
しかし、なんでもできると思わせてくれた72枚の紙は、一人暮らしを始めると驚くほどの速さで飛び去っていった。家賃や飲み代、ちょっとした贅沢。気づいたときには、貯金も、賞金をくれるクイズ番組もなくなっていた。
金欠の伊沢が夢見たもの
結果として、大学生時代はバイトと金策に追われる日々だった。苦しいときはいつも、本当に、マジのマジで、空からお金が降ってこないかなと考えていた。財布の中の1000円札が、実は見間違いで5000円札なんじゃないかと何度か確認した。1000円も入っていないときは、無意味に引き出しの中を漁ったりもした。
人は追い詰められると、バカなことを真剣に考え出す。心は本当に、札束のシャワーを求めていたのである。
Official髭男dismの楽曲『ノーダウト』が私に暗い学生時代を想起させるのは、多分そのせいであろう。これから一旗揚げようというハングリーな歌詞から、どんでん返しの大儲けをただ夢想していただけのあの頃を思い出す。曲中では入念なプランの成功を表す「9桁のビルシャワー」も、自分にとってはひたすらに現実味のない欲求だった。
STOP! 偽のウォーアイニー まき散らして 暴走してるあなたたち
使って華麗に 浴びるわ9桁のビルシャワーOfficial髭男dism『ノーダウト』(作詞:藤原聡)
ビルシャワーという単語、実はネットや辞書を検索してもヒットしない。おそらく“bill”、つまり紙幣のシャワーのことだろう。お金を降り注がせる、オカダ・カズチカ的なやつだ。詐欺師が主役のドラマ『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)の主題歌であったことからも、この解釈は確実である。
それにしても、9桁といえは1億円。間違いなく成功の象徴だ。かなりの期間を遊んで暮らせる、十分な金額である。
そして、1万円札は1枚で約1gなので、重さにして10kgある。
ロケで銀行を訪れた際、実際に1億円を抱えたことがあるが、両手いっぱいでも持ちきれないほどの量感と重さに驚いた。
……あれが、シャワーよろしく頭に降り掛かったら、大変なことになるんじゃないだろうか。
10kgと聞くと「そんなに重くはないな」というイメージかも知れないが、甘く見てはいけない。
一般的な毛布の重さは、2kg弱。10kgの札束が降り注ぐというのは、毛布が5枚一気に落ちてくるようなものである。到底立ってはいられないだろう。
しかも、今回は「1億円のビルシャワー」ではない。「9桁のビルシャワー」である。
つまり、「約10億円」までは降り注がせうるのだ。重さ100kg。これはさすがにヤバさが伝わるだろう。100kgの物体が、落下してくるのである。超高級ドッスンだ。
▲クッパのもとに辿り着けそうにない
私は真剣に心配している。
華麗に浴びることができる量感ではない、暴力的ビルシャワー。責めてくるのは時代の声というよりは世間の声だ。神様はハメることができても、裁判官は騙せない。おそらく傷害罪である。
せっかく大金を手にしたのに、これではもったいない。9桁のビルシャワーは果たして安全に実施できるのだろうか。
「9桁のビルシャワー」を本当にやるとどうなる
世の中というのは広いもので、バカげた行為にもかならず先達がいる。
2003年、名古屋テレビ塔(現・中部電力 MIRAI TOWER)の高さ約100mの展望台から、ドル紙幣など数千枚がばらまかれるという事件が起こった。実行したのは、あまりにカンタンに儲かってしまうことに嫌気が差した20代の青年。動機からしてうらやまけしからんが、果たしてこの事件でけが人は誰も出なかった。
▲中部電力 MIRAI TOWER(旧名古屋テレビ塔)
数千枚、つまり2〜3kgの札束が、100mの高さからばらまかれると、けが人は出ない。
これは、おそらく多くの読者が想像した通り、「高すぎる」がゆえのことだろう。100mの高さから、空気抵抗を受けやすいペラペラの紙をまいたところで、ひらひらとゆっくり落ちることは想像に難くない。
となると、争点は「どれくらい札束が重ければ、ひらひら落ちてもダメージが生じるか」だ。100kgもの札束は、果たしてひらひらと飛び散ってダメージが分散されるのか、流石にある程度固まって落ちるのか。
ここで、気になる論文を発見した。
『空気中での板状破片の落下運動について』は、現在のJAXAにあたる組織にて2人の研究者が執筆した、ものの落下についての論文である。ロケットを飛ばしたときの落下物の動きについて知る……という目的意識の下、紙を落としたときの落下位置について実験がなされている。
そして、ここに「9桁のビルシャワー」に関係する面白い結果が載っていたのだ。
なんと、紙をばらまいたとき、落ちる地点はある程度固まる、というのである。直感的には、一様に等しく分布しそうなものだ。しかし、実際には偏りが発生するのである。
論文のとおりになるのであれば、「9桁のビルシャワー」はかなりのパンチ力を持つだろう。まとまった重量が頭上に落ちてくるのだから、これはもう札束で頬を叩くとかのレベルではない。
とはいえ、この論文が出版されたのは1977年。ある程度古いものだ。他の類似論文はサッと調べた限り見つからず、ギリギリそれっぽい論文を開いてみたが難しくて私は理解できなかった。
となるとやはり、だ。自分で、やってみるしかないだろう。