「嶺上開花」が演出するカッコよさ
「特別」さを探すのであれば、嶺上開花は麻雀漫画などである種の特別扱いを受けている役だ。
『咲-Saki-』では主人公・宮永咲の代名詞になっているあがり役だし、『哭きの竜』では主人公・竜の豪運が引き込む役である。
いわば嶺上開花は、必殺技なのである。
そういえば、響きも必殺技っぽい。「リンシャンカイホー」と書くと、Splatoonのブキっぽくもある。「君はプレデター」といいつつApexじゃないのもミソだ。蟹だけに。
思えば、『キャプテン翼』に登場する肖俊光の反動蹴速迅砲から『グラップラー刃牙』烈海王の転蓮華まで、中華必殺技といえば漢字ゴリゴリ系ばかりである。『魁!!男塾』で行われる戦い・大威震八連制覇とかも頭にこびりついて離れない。ルビ多くてすんません。
漢字が並んでいて響きがカッコいいこと。これには重大な意味がある。語呂を優先しつつ、強いイメージの役を選ぶとなると嶺上開花というのは適役であろう。
しかし……このカッコよさレベルは麻雀の役に限ったときの話だ。それ以外の単語と比較したとき、ライバルはグッと増える。観光名所であるテレビ塔「東方明珠」はいかにも上海らしいし、当地を代表するサッカーチーム「上海海港」であれば嶺上開花と同じような韻が踏めるだろう。
▲上海のランドマーク「東方明珠電視塔」
なぜわざわざ、嶺上開花なのか。それは、他のあらゆる単語との比較で考えられるべきである。麻雀という井戸の中の蟹になってはいけないのだ。
となると、ゲーム内での性質だけにとらわれず考えていきたい。シンプルに考えれば、嶺上開花は「嶺の上に咲いた花」という意味なのだ。つまり、上海から「花」を想起させるものが見つかれば、きっとそこに意味があるのであろう。一度、上海の地図に目を向けたい。
「高嶺の花」があらわすもの
しかしこの路線、いきなりの困難にぶち当たる。それは、「上海ゆえ」の困難だ。
上海は世界第3位の長さを誇る川・長江の下流に位置している。長江の運んできた土砂により土地が形作られているため、かなり平坦なのだ。付近の最高峰である余山は標高が90〜100mほどしかない。上海では「嶺」を探すこと自体が困難なのである。
▲平坦な地形が続く
この際、妥協はしょうがない。嶺の定義を甘めに取ろう。そもそも、嶺上開花という役自体、「王牌」と呼ばれる牌を積み重ねた部分を嶺に見立てただけだ。積まれた牌(牌山と呼ばれる)の高さはたかだか数センチである。それくらいの高さなら、ちゃんと上海にあるのだ。
そう、上海バンドである。
▲「上海バンド」と呼ばれる地域
バンドといっても、英語で綴るならBandではなくBund。「堤防」という意味のある言葉で、上海ではもっぱら黄浦江西岸の地区を指す。堤防くらいの高さ感は、むしろ嶺上開花にちょうどいいのではないだろうか。実際、麻雀では牌を捨てる場所を「河」と呼ぶのだ。河より高い場所というのはナイスチョイスだろう。
このバンド、上海随一の観光名所として知られる。西欧列強による租界が作られ、重厚な建築群が並ぶ。中国文化と欧風文化が混在する、いかにも上海らしい場所なのだ。
そこを観光で訪れ、笑顔の花が咲いたなら、それはまさしく嶺上開花である。僥倖っ……なんという僥倖……っ!
……もし高さ不足だとしても大丈夫。「嶺」候補は、他にも、ある。あるにはある。
歌詞にも登場する「マンダリンの楼上」である。
マンダリンというのは、中国で使われている共通語としての中国語、いわゆる「普通話」を指す。そして同時に、柑橘類のひとつ「マンダリンオレンジ」、もしくはその色を意味する。
この歌詞がどちらを指すか、を明確に決めるのは難しいが、ここではきっと「陽があたりオレンジ色に輝くビル」と、マンダリンという言葉の持つ中国のイメージを同時にあらわすものなのだろう。「琥珀色の街」という表現もオレンジ色を連想させるだろう。
その上で、楼上、つまり建物の高さは「嶺」と呼んでもギリ、差し支えはないだろう。「isn't it a pity」(ジョージ・ハリスンの同名曲がモチーフかもしれない)と語られる悲しさを含んだ情景が、気持ちの変化により明るく見える、花が咲いたかのように……。
……これらの説、意味としては、まずまず通るかもしれない。しかし同時に、ごまかした部分がある。
「花」とはなにか、非常に曖昧なのである。笑顔だとか、喜びだとか、そういったことにとどまってしまうのだ。これならまだ、麻雀役のほうがハマっている気もする。
今回は超難問だ。何かが違うと考えると、頭が真っ白になる。嶺と花、両者の積集合を見出さねば、答えは見えてこない。諦めかけた、その時だった。
「高嶺の花」な場所を見つけました。が……
嶺との関連性と、花との関連性。両方を兼ね備えた名所を探すとなると……実際、大変だった。大変だったのだが……それはたしかに存在した。
頤豊花園である。
「花園」と名前につくこちらの施設、何を隠そう超有名な「上海蟹専門店」なのだ。
花の要素が入り、歌詞の主題にもぴったり。ぴったりすぎるぜ。出会えたことが嶺上開花を上がるがごとき僥倖である。
あとは、「嶺」要素さえあればよい。
上海蟹を専門に扱うレストランだけあって、観光客にも人気な頤豊花園。お値段は当然、結構お高い。学生旅行などでも訪れることのある上海だが、そうしたギリギリの旅行者にとっては、まさに「高嶺の花」とも言える存在であろう。
高い嶺の花のようなレストラン、そこで食事を食べることができたら……嶺上開花……ってことにならないだろうか。
ならないの、だろうか。
……まあ、ならないとして。さすがに無理なもんは無理だとして。
岸田は、前述のインタビューでこう述べている。
じゃあ、それが何のためかって言われると、おそらくサビとかで歌うちょっとした本音とか、そういうものを輝かせるためでしょうね。Aメロから頑張っちゃうと、サビで大したこと言えなくなるから、しょうもないこと言っとこうみたいな。
くるり公式サイト「くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』スペシャルインタビュー」
大事なのはサビなのだ。伝えたいメッセージは単純で、詩のすべてではない。上海蟹を一緒に食べたい、という形の愛。ネガからポジへ、心象から情景へという流れ。大事なのはそういうことだ。その情景の一部として、たまたま街で打たれていた麻雀にたまたま出てきた嶺上開花が、存在したっていいじゃないか。語呂が良いだけでいいじゃないか。
PVも含め、この曲全体の雰囲気がすき、という人は多くいるだろう。重要ではなくともなくてはならないパーツがたくさん集まり、メッセージを届ける。それが創作なのだ。枝葉末節にも同じ意味を求める意味はそこまでないのである。
……と、いうことが今回の結論だとして。読者諸君にはなんとか1週間かけてこのことを忘れていただきたい。
この結論を毎度持ち出されると、今後の連載が立ち行かなくなるからである。あいかわらず、わけのわからないことを言ってます。
「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」は伊沢に余程のことがない限り毎週木曜日に公開します。Twitterのハッシュタグ「#伊沢拓司の低倍速プレイリスト」で感想をお寄せください。次回もお楽しみに。
【前回はこちら】
【あわせて読みたい】