連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
ーー夏の終わり、教室にてーー
ザワザワ……ザワザワ……
ガラガラガラッ
はい、みんな静かに、静かに。
久しぶりですね、夏休みは楽しめましたか?
はいそーですか、それはよかった。
それじゃね、授業始める前に、このあいだ集めた宿題をね、返したいと思います。
皆さんね、よく頑張りました。なかなか「思い出を詩にしたためてくる」ってのはね、やったことなかったと思うんですけど、ほらそこ騒がない! 他の人が書いたやつをバカにしちゃダメでしょうが。ね、それでもみんなそれぞれにいい表現があったかなと思います。
そのうえでね、いくつかいいやつはプリントしてきたんで、はいこれ後ろ回して。参考にしてくださいね。
なかでも一番良かったのはね、裏面に乗っけてますけど、はいこれね、大塚愛くんの『さくらんぼ』ってタイトルのやつね。先生はこれが一等賞だと思います。
ということで今回は『さくらんぼ』です
ん? なんですか?
日本語的におかしいところが多い? 何を言っているかわからない??
なんで。よく読んだか? 楽しい詩だけど、変だ……っておいおい。
これはね、大丈夫ですよこれは。十分に良作です。先生の専門は国語ですよ? 国語の先生が大丈夫って言ってるんだから間違いないでしょう。
……みんな納得してないのか。……じゃあもう、今後の勉強のためにもね、ちょっと授業時間使って解説することにしよう。まずどこからがいい?
え、「中実がいっぱいつまった」のところ? 序盤だなぁ。これでも、書き間違いじゃないですよ。
中身じゃなくて、中実でいいんです。本来は「ちゅうじつ」と読むところを、あえて「なかみ」と読ませているんです。
これは、「中空」の反対で、中がつまってるよっていう意味の立派な単語です。「中実」と「いっぱいつまった」で、同じ意味を繰り返すことで強調しているわけですね。技法として非常にレベルが高いです。
技法で言うと、「笑顔咲ク」という比喩表現や「幸せの空」の体言止めがあって、タイトルの『さくらんぼ』自体も二人のことを例えた「見立て」という和歌の技法だから。ほらすごいでしょ?
……たしかにな。先生もちょっと疑問に思ったところはある。「書き表せれない」は「書き表せない」、「隣どおし」は「隣どうし」じゃないのかな、とかは、やっぱり一見すると日本語的違和感ですよ。
でも、よく考えてみろ。まず「書き表せれない」はいわゆる「れ足す言葉」っぽいが、そもそもれ足す言葉が標準的に使われる方言もあるんだぞ。西日本のいろんな地域に記録が残ってるんだ。……いろんな思い出いっぱいで思わず方言が出ちゃった、なんてすてきな表現じゃないか。
それに、「◯◯しどおし」という表現もあるだろ。ずっとしてるって意味の。「隣る」という動詞は存在するから、「隣りどおし」で「ずっと隣りにいる」という意味になるな。
だからな、結局のところ先入観を捨てなきゃいけないんだよ。間違ってるんじゃないか、という先入観で断罪しちゃいけないんだ。どこも相当高度な表現をしてるんだぞ。むしろ、評価したくなるだろこれは。
だからな、次のここも諦めず、注意して読まなきゃいけない。
もらったものは そう愛を感じ
あげたものは もちろん 全力の愛です大塚愛『さくらんぼ』(作詞:愛)
文法上の解釈が難しいパートだよな。一個一個、丁寧にいきますからね。ここ板書取っとけよ、テスト出すからな。