ウィキペディア フリー百科事典 日本語版(https://ja.wikipedia.org/wiki/)
2016年3月6日確認
友人が「ウィキペディアはアカシックレコードだ」と言っていた。
流石にこれは言い過ぎとしても、「必要な情報が99%揃っている」なら本当だろう。それほどウィキペディアは情報量が多い。天文学的に多い。
100万を超える記事があり、記事1つ1つがそれぞれいくつもの情報を含んでいる。せっかく他所で見つけた情報がウィキペディアに載っており、「だったら最初からウィキペディアを見ればよかった」とガッカリすることもザラである。
そしてウェブページであるから、記事はリンクにより有機的に連関している。リンクを辿るだけで周辺情報まで手に入る。至れり尽くせりだ。
ウィキペディアは作問ツールとしてとても優秀である。最強と言ってもいいだろう。
これほど強力で、今更利点を説く必要もないウィキペディアであるから、ここではその欠点を論じる。
欠点を論じるということは、逆説的にその有用性を高く評価しているということを念頭に置いてほしい。
☆
ウィキペディア最大の難点は、情報の精度が劣ることである。正確性の担保が無いということだ。
クイズに使う情報は、論文に引用する情報と同じレヴェルの正確性を持たなければならない。ゆえに、誰でも編集可能であり、査読の無いウィキペディアは出典として使うことが出来ない。
ウィキペディアで仕入れた情報は、他媒体で再度裏取りしてから使う、これが絶対のルールである。
たとえウィキペディアの記事が正確な情報を引用したと「主張」していたとしても、その元情報を辿り、正確なソースから「自分で」情報を再抽出しなけらばならない。
裏取りを怠るなど、正確性を犠牲にする行為は、厳に慎まなければならない。これがクイズ的態度というものである。
☆
さらに、情報量が多すぎる点も時には欠点となる。多すぎる情報が、どれが一番重要な要素かということを隠してしまうのだ。
以下に引用するのは、ウィキペディア「徳川家康」の初段落である。
徳川 家康(とくがわ いえやす、旧字体: 德川家康)、または松平 元康(まつだいら もとやす)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。江戸幕府の初代征夷大将軍。三英傑の一人で海道一の弓取りの異名を持つ。(2016年3月6日確認)
徳川家康に関する最も重要で本質的な情報は何だろうか。明らかに「江戸幕府初代将軍であること」である。
しかし、上記引用は、まとめの役割を果たす初段落であるにも関わらず、「戦国武将であること」「三英傑の一人」「海道一の弓取り」など、いわば「一番大切とは言えない情報」を多く含んでいる。
予備知識が無い中でこの文章だけを読んで、情報を的確に削った 江戸幕府の初代将軍は誰でしょう? という最も本質的なクイズが作れるだろうか?
情報の優先度を比較するには、ウィキペディアは向かないのである。
☆
もう一つ、これは利用者側の問題なのだが、ウィキペディアの情報を元にクイズを作ると、文体が影響を受けてしまう。
文体がウィキペディアに寄った・依ったクイズは、「その情報をただ知っている人」よりも「その情報をウィキペディアから仕入れた人」を優遇する。つまり、純粋に知識の有無を問うものでなくなる。
この問題はウィキペディアに限った話ではないものの、情報の仕入先として一番優秀であるがために、ウィキペディアでこの種の問題が起きやすい。よってここで注意する次第である。
この病についてに限らず、総じて文章は工夫したい。なぜなら、クイズは文芸でもあるからである。
☆
以上を踏まえ、ウィキペディアを使った問題制作の実例を見ていただく。今回は上記引用文のみからクイズを作成する。
0.ウィキペディアで上記文章を見つける。
この段階では次のような問題文しか出来ない(実際には現時点で問題文に成形する必要は無い)。
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名である、江戸幕府の初代征夷大将軍である三英傑の一人で、海道一の弓取りの異名を持ったのは誰でしょう?
1.事実を裏取りする。
今回裏取りが必要な情報は「戦国~安土桃山期の戦国武将である」「江戸幕府の初代征夷大将軍である」「三英傑の一人である」「海道一の弓取りの異名を持つ」の4つである。
辞書や、信頼できるウェブページなどを用い事実確認を行おう。このコーナー(注:他のコラムが掲載されている)で紹介されている本なども大いに力になるはずだ。
2.情報の優先度を精査する。
この過程は上記1.と順番を入れ替えても良いし、慣れてきたら並行して行うことも出来る。
今回の情報要素の重要度は「初代将軍」>「三英傑」>「弓取り」であろう。それぞれ最も重要な本質、そこに至るまでの歴史的経緯、トリビア的豆知識、と言える。
一般にクイズは早押しを念頭に置いており、これは答えが分かった人がボタンを押す形式であるから、解答者間に差を付けるために、重要な情報が後ろに置かれる。
今回もこの通例に従い、情報を「弓取り」→「三英傑」→「初代将軍」の順に並べる。
また、「戦国~安土桃山時代期の武将」は「江戸幕府の初代将軍」という情報の下位互換であるため、ここでは削る。
3.文章表現を変更する。
先に完成例を見てもらおう。
戦国期には勢力の中心を東海道に置いた、「三英傑」の一人として織田信長、豊臣秀吉と並び称せられる戦国大名で、1603年に江戸幕府を開き、初代将軍の座に就いたのは誰でしょう?
まず最初に置く要素「海道一の弓取り」だが、これは「東海道を中心に活躍した武士」という意味であること、また家康とは別に今川義元の異名でもあることが裏取りにより判明している。
そこで、「今川義元」という誤答を誘発しないため、そのままの文言を使わずに内容を平易に噛み砕いた。
(追記:信長の勢力圏も東海道にあったが、ここでは簡単のため先の一文のみから問題を作ることを優先する)
次の「三英傑」は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の総称である。そのまま「三英傑の一人」としても良いが、ここでは親切さのため他2人の名も出した。
織田信長、豊臣秀吉と共に「三英傑」に数えられる~ としなかったのは、「豊臣秀吉」の位置まで読まれた際、解答者に「信長、秀吉と並び称せられる人物を答えれば良い」と分かり、「海道一の弓取り」のヒントが用を為さなくなるためである。作例では、「三英傑」まで読まれた際、「勢力を東海道においた三英傑の一人」を知っている人が早押しで解答権を得る可能性が残る。
文中いきなり漢語を置く場合には、混乱を防ぐため、例えば「サンエーケツ」という発音の単語が他に無いことを確認しよう。ここでは問題無いだろうが、もし仮に「サンエーケツ」はいきなり耳で聞いて意味を取れないと判断するならば、直前に枕詞として 天下に名を馳せた~ などと入れると良い。
最後の要素の頭に年号を挿入したのは、文頭の「戦国期」からの時の流れを意識させるためである(家康が征夷大将軍であったのは江戸時代であり、戦国期ではない。文中で時間が流れていることに注意)。
「江戸幕府の初代征夷大将軍」とそのまま使っても良いが、もはや意味の取り違いは起きようがないため、「征夷大将軍」よりも平易な「将軍」を用いる。
「江戸幕府の初代将軍」とせず「江戸幕府を開いた初代将軍」とすることで、文章に動きを出す。「座に就いた」など、時々に適切な表現が引き出せるとなお良い。
度重なる表現の変更・追加により文体がウィキペディアの文章から離れていること、文章がおかしくないこと(実際に音読すると良い)を確認し、作問を終了する。
☆
とまあ、途中元の話からは大分遠ざかってしまったが、ウィキペディアを用いたクイズ作成の実際を見てもらった。
このように、正しく利用すればウィキペディアは大いなる威力を発揮する、最強のツールとなる。是非とも有効活用してもらいたい。
よいクイズライフを!
いかがでしたでしょうか。「作問は奥深く、沢山考えることがある」ということを分かってもらうためだけにこれだけの文章を引っ張り出しました。
作問道の第一歩は「道が長いことを知ること」。僕もまだ道半ば、というよりまだ歩み出しの段階で、プロのクイズ作家さんから見るとヒヨッコもいいところなのですが、一歩分の先達として、作問の奥深さを伝えられましたでしょうか。
少しでも思うところがあれば、この上ない幸せです。