こんにちは、ライターのアイノです。普段は大学でことばについて学んでいます。
一度勉強してみると、何気なく使っていることばにはたくさんのふしぎが眠っていることに気付きます。例えば日本語の発音ひとつとっても、普段は意識していない事実が眠っていることがわかるのです。
今回は、そのようなふしぎの中でも「“ん”って何種類あるの?」をテーマにことばを深掘りしていきたいと思います。
目次
実は「ん」の発音は分類できる
何種類あるかと聞かれても……「ん」は「ん」で1種類じゃないの? と思った人が多いと思います。
では、「さんぽ」と「ハンカチ」という単語をそれぞれ発音して比べてみてください。前者の「ん」を発音するときは両唇がくっついているのに対し、後者の「ん」はそうではないですね。
こうして、「ん」は、後に続く音に合わせて響きを変えます。1種類だと思っていた「ん」には、実はさまざまな姿があるのです。
「ん」の発音は何種類あるの?
「ん」に複数種類の発音があるのはわかっていただけたと思います。それでは、実際のところ「ん」は何種類に分けられるのでしょうか?
まずは日本語学の教科書である『改訂版 日本語要説』を調べてみます。すると、この本では「ん」を6種類に分けて説明していました。以下はその説明をもとに、改変を加えて作成したものです。[ ] で囲まれている記号は発音記号です。
1. [m] ……「ん」に [p][b][m] などが続くとき。
▲[m]の音声 via Wikimedia Commons Peter Isotalo CC BY-SA 3.0
例:鉛筆、トンボ
2. [n] ……「ん」に [t][d][n][ʦ][ʣ] などが続くとき。
▲[n]の音声 via Wikimedia Commons Peter Isotalo CC BY-SA 3.0
例:反対、インド
3. [ȵ] ……「ん」に [ʨ][ʥ][ȵ] などが続くとき。
例:犯人、パンチ
4. [ŋ] ……「ん」に [k][g][ŋ] などが続くとき。英語のingなどにも見られる。
▲[ŋ]の音声 via Wikimedia Commons Karmosin~commonswiki CC BY-SA 3.0
例:演歌、マンガ
5. [ɴ] ……「ん」が単語の終わりに来るときや、「ん」に摩擦音が続くとき。
▲[ɴ]の音声 via Wikimedia Commons Karmosin~commonswiki CC BY-SA 3.0
例:本、パンフ
6. [Ṽ] ……「ん」に母音が続くとき。鼻母音と呼ばれる。(Vは母音を表す。鼻母音を表すのはニョロニョロの部分)
例:真意、千円
発音の分類は本によって変わる
この教科書だけ見ると、「なるほど、“ん”は6種類に分類されるんだ!」と思われるかもしれません。しかし、複数の本を見比べてみると面白いことがわかります。それは、「“ん”の分類が本によってまちまちである」ということです。
例えば、『学習者を支援する日本語指導法Ⅰ 音声 語彙 読解 聴解』では「ん」が5つに、『ベーシック日本語教育』では「ん」が8つに分類されていました。では、なぜこのような差異が生じるのでしょうか?
「ん」の分類ひとつでこのような違いがあるのは、主に [ɴ] や鼻母音についての分類が異なるためのようです。単語の終わりや母音の前の「ん」はさまざまな音に聞こえ、同定しにくい場合が多いです。先ほどは鼻母音をひとまとめにしましたが、母音の音色ごとに細かく分類すれば、「ん」をさらに多くの記号に分けて表現できます。一方で、「ん」を説明するうえで鼻母音に触れていない本もあり、「ん」の種類が比較的少なくなっています。
また、複数の分類が生まれる背景には、音声記号で音を完璧に表現するのは不可能だという原理的な問題もあります。言語音の響きや発音方法は連続的なものです。私たちは、本来切れ目のないものを特徴によって分類し、音声記号と結び付けています。そのため、音声記号をどの程度細かく設定するかによって分類に違いが出ると考えられます。
ちなみに、インターネットで検索をすると「ん」を3種類に分ける分類法も出てきます。これらは、英語学習者に向けたサイトの記事などが多いです。 [m] 、[n] に加え、英語学習などでよく登場する [ŋ] を解説しています。
このように、「ん」の発音にはさまざまな分類がありえます。それぞれの説は、互いに矛盾するものではなく、必ずしも誤っているとはいえません。
まとめ
このように、一見同じに思える「ん」も、発音によってある程度分類できること、私たちは無意識にさまざまな「ん」の発音を使い分けていることを説明しました。
実際の発音は、話す速さなどによって変化するうえ、個人差があります。そのため、実際の会話においては、この記事で紹介した以上に多様な「ん」が現れていることとなるのです。
このように、「ん」という一文字を見るだけでも意外な事実が眠っています。ぜひ色々な「ふしぎ」に目を向けて、ことばの解像度を上げてみてください。
【このライターの他の記事もどうぞ】
【あわせて読みたい】