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連載「ニュース解体中」(更新:隔週月曜)

テレビやスマホに流れてくる、政治や経済のニュース。「大事そうだけど、なんか難しそう……」と思って、見過ごしたことはありませんか?

この連載では「ニュースを見るのがニガテ」な方にも向けて、いま知っておきたいニュースやその裏側を紹介。ニュースを「解体」するように、わかりやすさ・おもしろさ重視で解説します! ご意見・ご感想はXのハッシュタグ #ニュース解体中 でお寄せください。


サッカーの祭典、FIFAワールドカップ(W杯)が閉幕した。優勝は鉄壁の守備を誇ったスペイン。日本代表が決勝トーナメントに進出し、サッカー大国・ブラジルを相手に善戦したのも記憶に新しい。

ところで今大会は、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国での共催だった。3つの国で共同開催されるのは、W杯の歴史上初めてのことだ。

……という話を聞いて、「へぇ、3カ国で一緒にやったんだ〜」で終わらせるのはもったいない! なぜならW杯やオリンピック、万博といった国際的なイベントが「どこで開催されるか」の裏側には、スポーツやカルチャーとはあまり関係ないようにも思える「各国の思惑」というドラマが、必ずといっていいほどあるからだ。

2026年:なぜ「3カ国」だったのか

まずは今大会の話から。「3カ国開催」になった実務的な理由としては、「1カ国では背負いきれないほど、W杯が巨大になった」ことが大きいだろう。

今大会から出場国はこれまでの32チームから48チームへと拡大※1、試合数も64から104へ増加。インフラや宿泊施設の整備が求められるなか、NFL(アメフトリーグ)用の巨大スタジアムが既にたくさん揃っているアメリカと、サッカー大国の隣国メキシコ、W杯初開催のカナダで「ご近所連合」を組めば、「新しく施設をたくさん建てなくていい」という強みがあった。※2

▲決勝の舞台となったニューヨーク・ニュージャージー・スタジアム(アメリカ)。約8万人を収容する

ただし、「合理的だったから」で話が終わらないのが、この問題の面白いところだ。

トランプ大統領への「対抗」?

さて、ここからが本題だ。注目してほしいのは「いつ決まったか」。この3カ国共催が決定したのは、大会の8年も前——2018年6月のFIFA総会だった。当時のアメリカは、トランプ大統領が1期目の政権を担っていた時期。「メキシコとの国境に壁をつくる」と宣言し、カナダ・メキシコとの貿易協定(NAFTA)の見直しを迫っていた——つまり、3カ国の関係がギスギスしていた時期である。

▲メキシコ・アメリカ国境の「壁」の前に立つトランプ氏

共催の「ゴール」を決めたのは、政治家ではなく3カ国のサッカー協会だった。「政治がもめていても、スポーツ界は協力できる」というメッセージを打ち出す狙いがあった……というのは邪推かもしれないが、存在感を強めるトランプ氏への「対抗」の構図を指摘する声も当時からあった。

ちなみに、8年後の現在はどうか。当のトランプ大統領はFIFA(国際サッカー連盟)のインファンティーノ会長と親密な仲で、「FIFA平和賞」の最初の受賞者に※3。今大会の期間中には、トランプ氏がアメリカ代表選手の出場停止処分を事実上「取り消す」よう働きかけたと報じられ、たいへんな議論を呼んだ。いずれにせよ、W杯のような大きなイベントと、国や指導者の思惑は切っても切り離せない関係にあるのだ。

2002年:「共催」の元祖、日韓大会

少し歴史を巻き戻して、史上初の「共催」となったW杯についても見ていこう。2002年に日本・韓国で開催された、通称日韓W杯だ。

もともと日本と韓国は、それぞれが単独開催を目指して激しい招致合戦を繰り広げていた。ところが1996年、FIFAが下した決定はまさかの「両国での共同開催※4。ライバル同士が、一転して同じ大会をつくるパートナーになったのである。

それまでの日韓の関係は、決してよいものとは言えなかった。1987年に韓国が民主化すると、それまで軍事政権のもとで抑えられていた歴史問題……韓国を併合していた日本への不満が本格的に噴き出してくる。90年代の日韓は、ギクシャクした空気のなかで招致合戦を繰り広げていたわけだ。

転機となったのが、共催決定後の1998年。日本の小渕恵三首相・韓国の(キム)大中(デジュン)大統領が「日韓共同宣言」を発表し、韓国は「日本文化の開放」へと大きく舵を切った。それまでの韓国では、日本の音楽やドラマ、映画などの流通が規制されていたのだ。

W杯共催と前後して文化の行き来は一気に進み、その後、日本ではドラマ『冬のソナタ』をきっかけとする韓流ブームが花開くことになる。2002年前後は日韓の親密さがひとつのピークを迎えた時期であり、日韓W杯はその象徴といえるできごとだった。

▲日韓大会の会場のひとつ、埼玉スタジアム2002

その後も歴史認識のズレなどによる関係悪化の時期はありつつも、2026年現在の日韓両国はある程度良好な関係にある。2030年代にサッカーのアジアカップを日韓共同で招致しよう、という動きがあるくらいだ。イベントの共催は国と国が歩み寄った証として、歴史に残るものでもある。

2030年〜:「3大陸・6カ国」開催!?

さて、時計の針を未来へ。次回・2030年のW杯開催国は、スペイン・ポルトガル・モロッコの3カ国。さらにウルグアイ・アルゼンチン・パラグアイの南米3カ国で「開幕3試合」だけが行われる。あわせて3大陸・6カ国——もちろん史上最大規模だ。

カギは「100周年」。第1回大会(1930年)の開催国ウルグアイを含む南米勢は「記念大会はぜひ南米で」と招致に乗り出したが、インフラや資金力では欧州・アフリカ連合に分があった。そこでFIFAが出した答えが、「主開催はスペイン・ポルトガル・モロッコ。ただし開幕戦は、第1回大会の舞台だったウルグアイで」という折衷案だった。

▲モンテビデオ(ウルグアイ)のエスタディオ・センテナリオ※5

FIFAは、2030年大会の出場国をさらに64チームへ拡大する案さえ検討している。実現すれば、試合数は単純計算で128。この拡大路線が続くようなら、正直「1カ国で開催しろ」というほうが無理な相談だろう。

100周年という物語に、膨らみ続ける大会規模。もう「1カ国」の時代ではない……と思わせておいて、続く2034年大会である。

2034年はサウジアラビアの「1カ国」

次々回の2034年大会は、サウジアラビア1カ国での開催に決まっている。そもそも立候補したのがサウジアラビアだけで、これには「直近2大会を開催した大陸は立候補できない」という「ローテーション」のルールが関係している※6。2030年大会が3つの大陸にまたがった結果、2034年の開催権をもつのは、事実上アジアとオセアニアの国だけになったのだ。

このあたりは、たとえば国連の事務総長選びなど、国際的な重要なポジションを決めるのと似たような論理が働いている。つまり、多国間でものごとを決める際には「今回はどの地域の顔を立てるか」というバランス調整が重視されるのだ。

とはいえ、48チームに膨らんだW杯を1カ国で受け止められる国は、世界でも一握りだ。サウジアラビアが「うちだけでやります」と手を挙げられたのは、潤沢なオイルマネーがあればこそ。なにしろ、15会場のうち11会場を新設するという計画をぶち上げているのだ。

思えば2022年大会を単独開催したのも、豊富な資金力をもつ隣国カタールだった※7。いまや「単独開催できること」自体が、国力の証明になりつつあるというわけだ。

20XX年:日本で再びW杯はあるのか?

かつて、大きな国際イベントは「国威発揚」——国の力を世界に示すための装置だった。その代表例が1964年の東京オリンピックだ。戦後日本の復興を世界にアピールする場であり、開会式に間に合わせるように東海道新幹線が開通したことはよく知られている。

▲1964年東京オリンピックの開会式。戦後日本の復興を世界に示す舞台だった

それから60年あまり。先進国にとって、巨大イベントは「もうかるもの」というより「コストの重い荷物」になりつつある。オリンピックでは招致レースから撤退する都市が相次ぎ、2030年の冬季大会の開催地は、都市ではなく「フランス・アルプス」という地域に。「都市」以外に開催権が与えられるのは、五輪の歴史で初めてのことだ。

▲2030年冬季五輪のロゴマーク。都市名や国名ではなく「アルプス」

「1つの都市」で開く五輪も、「1つの国」で開くW杯も、巨大化に器が追いつかず、受け皿を広げてしのいでいる。サウジアラビアのように1カ国で背負える国は、あくまで例外なのだ。

では、W杯のこの先はどうなるのだろう。2038年大会はまだ決まっていないが、早くもアメリカやイングランドなどが関心を示していると報じられている。そして日本——実はJFA(日本サッカー協会)が、2046年の大会を「アジアの国々との共催」で招致する方針を明らかにしている。

そのとき日本が語るべきは、もう「豊かになっていくニッポンを見てくれ」という1964年型のストーリーではないはずだ。たとえば、単独での開催が難しい国々(シンガポールなど)と組み、「アジアのハブ」として大会を支えるストーリー。国の力を誇示する装置だったW杯は、「どの仲間と、どう組むか」を世界に見せる舞台へと変わりつつある。

スポーツに限らず、世界的なイベントの「◯◯の開催地が決定」というニュースを見かけたら、ぜひその裏側で動いている各国の思惑にも注目してみてほしい。


記事への感想・ご意見、取り上げてほしいテーマを #ニュース解体中 でぜひ教えてください。次回もお楽しみに!

【あわせて読みたい】

※1^ 出場国の拡大は1998年フランス大会以来、28年ぶり。1998年から2022年カタール大会までは32チームで争われていた。

※2^ ちなみに意外なことに、アメリカではサッカーはそこまで人気スポーツではない(アメフト・野球などの「4大スポーツ」が根強い)。

※3^ 「FIFA平和賞」は2025年11月に新設され、12月の組み合わせ抽選会でトランプ大統領に授与された。これには「露骨なすり寄りだ」という批判もあり、欧州議会の議員らがFIFA会長の調査を求める騒ぎにもなっている。

※4^ 1996年、FIFA理事会が日本と韓国の共同開催を決定。招致合戦の過熱を懸念したFIFA側の政治的な判断だったとされる。

※5^ スタジアム名はスペイン語で「100周年スタジアム」といった意味。ウルグアイの憲法制定100周年の年(1930年)にオープンしたことにちなんだもので、100年の時を経て「W杯100周年」の開幕戦の舞台にもなる、というわけだ。

※6^ 正確には「直近2大会を開催した大陸連盟に加盟する国は、原則として立候補できない」というFIFAの規定。2030年大会にUEFA(欧州)・CAF(アフリカ)・CONMEBOL(南米)の3連盟が関わったため、2034年大会に立候補できるのはAFC(アジア)とOFC(オセアニア)の加盟国だけだった。

※7^ なおサウジアラビアでの開催をめぐっては、大会準備における労働環境や人権への懸念も国際的に指摘されている。2022年のカタール大会でも同様に「スポーツウォッシング」(国や企業がスポーツを利用してイメージアップを図ること)が指摘された例があり、「単独開催」で世界の信頼を勝ち取れるかが注目される。

【画像出典(画像を一部加工しています)】
ニューヨーク・ニュージャージー・スタジアム:Wikimedia Commons U.S. Customs and Border Protection
埼玉スタジアム:Wikimedia Commons 江戸村のとくぞう CC BY 2.0
エスタディオ・センテナリオ:Wikimedia Commons Marcelo Campi from Costa de Oro, Uruguay CC BY-SA 4.0

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この記事を書いた人

Alex

シンガポール在住。現在はシンガポール国立大学・リークアンユー公共政策大学院で公共政策を研究しつつ、(株)batonの海外業務も担当しています。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)出身。世界情勢・国際関係の面白さを伝えていきたいです。

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