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ひょうご観光本部

解説

正解は「」でした。

▲天満宮にある牛の像 via Wikimedia Commons Yanajin33 CC BY-SA 3.0

ヒント1:菅原道真と縁が深い

天満宮とは、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真を祀った神社のことです。道真は死後に「学問の神様」「天神さま」として信仰を集め、丑年の生まれであったことから、牛も天神さまの使いとみなされました。

菅原道真は、九州の太宰府だざいふで亡くなる際に、「(自分の亡骸なきがらを)牛の行くところにとどめよ」と遺言を残しました。そして車で道真の亡骸が運ばれる最中、いていた牛が突然座り込んで動かなくなったといわれ、遺言通りその地に太宰府天満宮が建てられました。

他の多くの天満宮にも、せった姿の牛の像(臥牛がぎゅう)が設けられています。

ヒント2:ヒンドゥー教では神聖視

ヒンドゥー教は、インドの人口の約80%が信仰している宗教です。牛はヒンドゥー教の神・シヴァの乗り物であることから神聖な動物として崇拝されています。そのためヒンドゥー教では、牛を殺すことや食べることも禁止されています。

一方で、インドは世界有数の牛肉輸出国となっています。ヒンドゥー教では水牛は神聖視されないほか、ヒンドゥー教徒以外の人口も約2億人おり、水牛を中心とした食肉用の牛の生産が盛んです。

ヒント3:源義経の幼名「〇若丸」

源義経は、源平合戦で活躍した源氏の武将です。一ノ谷の戦いで敢行した「鵯越ひよどりごえ逆落さかおとし」や、壇ノ浦の戦いで見せた「八艘はっそう飛び」といった伝説が残っています。

義経は幼名(成人前の名前)を牛若丸といいます。「牛若丸」という名前の由来はわかっていないものの、室町時代に編纂された『御伽草子おとぎぞうし』には「丑の年の丑の日の丑の刻」に生まれたことが由来と書かれています。


最後まで読んでいただきありがとうございます。次回の「今日の一問 社会編」もよろしくお願いします!

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この記事を書いた人

Hirotaka

早稲田大学文化構想学部OBのHirotakaです。学士(文学)。2023年3月をもってQuizKnockを卒業しました。2023年4月以降新規の執筆は行っておりません。

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