こんにちは、鹿野です。普段は「凹」を3画で書いています。
突然ですが、皆さんは「右」という漢字をどの書き順で書いていますか?
おそらく、「丿」から書く方と「一」から書く方に分かれると思いますが、「一」から書く方でも「正しい書き順では丿が一画目」と認識している方は多いのではないでしょうか。
しかし実は、中国ではふつう「右」は「一」から書きます。また日本でも「一」から書くよう教えていたことがあります。となると、「丿」から書くのは「正しい書き順」と言えるのか? そもそも「正しい書き順」とは何か? といった疑問が自然に湧いてくるのではないでしょうか。
この記事では「正しい書き順」について、様々な例や資料を用いながら解説します。
「正しい」には2種類ある!?
正しい書き順について議論する前に、「正しい」という言葉の意味をはっきりさせる必要があります。というのも、実は漢字における「正しさ」は、少なくとも以下の2種類が考えられるからです。
(1) 漢字に本来備わっている性質に関する、絶対的な正しさ
(2) ある(人工的な)基準に即した、規範的な正しさ
例えば、「門」は略して「门󠄀」と書かれることもあります。「門」と書くほうが一般的で「正しい」ですが、「门󠄀」と書く例も一定数あり、こちらも間違いというわけではありません。これを踏まえると、(1)(2)はそれぞれ
(1) 「誤」に対する「正」
(2) 「俗」に対する「正」
と言いかえることができるかもしれません。以降は、(1)(2)それぞれの意味での書き順の正しさについて解説します。
書き順に絶対的な正しさはない
結論から話すと、(1)の意味で「正しい書き順」というものは存在しません。そもそも書き順は、漢字ができた後に少しずつ整理されていったものです。書き順はあくまで後付けで、漢字の本質的な性質ではありません。
これに対して、例えば以下のように反論する人もいます。
▲よくある反論
この反論は一見合理的かもしれません。しかし、たとえば「友」の「𠂇」は右手由来でありながら、現在の日本ではふつう「一」から書きます。そのため、「右」「左」の例だけを見て「漢字本来の性質に関係する」と結論づけるのは、論理的に間違っているのです。
現代日本の書き順は誰がどうやって決めた?
次に(2)の意味での正しさについて議論します。当然ながら、どの規範にのっとるかによって規範的な正しさは異なります。その規範がどの地域・時代・分野におけるものか、また誰が決めたものかについてちゃんと考える必要があります。
日本に住む人の多くは、書き順という概念を小学校で知ることとなるので、ここでは一旦現在の日本の国語(書写を除く)で習う内容に絞って話を進めます。
現在の日本の国語の教科書に載っている書き順は、原則として1958年に文部省が出した『筆順指導の手びき』に則っています(※)。『筆順指導の手びき』の要点は以下の通りです。
学校での指導を目的に作られた
学校教育における漢字指導の能率を高め、児童生徒が混乱なく漢字を習得するのに便ならしめるために、教育漢字についての筆順を、できるだけ統一する目的を以て本書を作成した。
ここに書いていない書き順も誤りではない
本書に掲げられた以外の筆順で、従来行われてきたものを誤りとするものではない。
当時の教育漢字881字の書き順のみ示している
本書にある筆順一覧表には、当時の教育漢字881字しか載っていません。ただし「字の全体をつらぬく縦画は、最後に書く」などの原則は載っているため、ここにない漢字についても適切な書き順は類推できます。
当用漢字別表の漢字以外の当用漢字についても、原則や一覧表によって、適正な筆順を類推することができる。
2個以上書き順があるものも、ひとまず1個に決めている
例えば「必」の書き順は複数あるが、そのうち形が整いやすいものを本書では採用した、という旨が書かれています。
以上をまとめると、現在日本の小学校で習う書き順はあくまで指導をスムーズに行うために決められたもので、それ以外の書き順も誤りではないということです。
地域・時代・分野による書き順の違い
規範的な書き順を考えるには、地域・時代・分野などを考える必要があると先程説明しました。では、現在私たちが標準的に使っている書き順と、異なる地域・時代などにおける書き順の間に、本当に違いがあるのでしょうか?
地域による違い
日本に『筆順指導の手びき』があるように、中国大陸や台湾にも規範的な書き順を定めた文書が存在します。それらに載っている「右」「成」「必」の筆順を比較すると以下のようになります。
▲日本・中国大陸・台湾で書き順が異なる例
この他にも「王」「飛」などは地域によって書き順が異なります。
時代による違い
1907年に東京高等師範学校附属小学校が出版した『小学校教授細目』には、各学年・各教科で学習する内容などが詳細に書かれています。そこには漢字の書き順も載っており、「右」「左」はともに「一」から書くように定められていることがわかります。
▲「右」は「一」から書くように定められている
また1615年に出版された『字彙』という漢字辞典では、「川」「凹」の書き順が以下のように書かれています。
もちろん『字彙』の記述だけでは、当時「川」は中央の線から書くのが主流だったとは言えませんが、時代によって書き順にある程度違いがあったことは確認できます。
分野による違い
「分野による違い」という言い方は適切ではないかもしれませんが、例えば「花」「無」などは楷書と行書で規範的な書き順が異なります。実際に、国語と書写の教科書で異なる書き順が載っていることがあります。
▲「花」は楷書/行書で書き順が異なる
まとめ
◎現在の日本では「右」を「丿」から書くように習うが、「丿」から書くほうが漢字として正しいというわけではない
◎絶対的に正しい書き順は存在しない
◎書き順は漢字に本来備わっているものではなく、非本質的な要素である
◎規範的な書き順はある程度存在するが、地域・時代などによって異なる
◎『筆順指導の手びき』で規範的な書き順が定められているのは、当時の教育漢字のみ
おわりに:書き順はクイズで出題できる?
せっかくクイズに特化したメディアで書いているので、最後に書き順に関するクイズについて、個人的な意見を述べたいと思います。
「必という漢字の丿は何画目に書く?」といったクイズは多くありますが、既に説明したとおり、絶対的に正しい書き順はありません。特に「必」は複数の書き順が定着しています。
そのため、このようなクイズを仮に出題するとしたら「日本で一般に学校で教えられている書き順において〜」「〇〇辞典に掲載されている書き順において〜」などの限定が必要となります。
それでもなお出題価値があると判断した場合は出題しても良いかもしれませんが、限定をとっても「書き順はあくまで非本質的である」ということに変わりはなく、また出題することで書き順について誤った認識を広めてしまう危険性もあります。そのため筆者は、書き順そのものを問うクイズは出題しないようにしています。
ちなみに、画数にも絶対的な正しさは存在しません。例えば「衷」という漢字は、辞書によって書き順だけでなく画数も異なります。そのため画数について出題するときも、書き順と同様のことに留意する必要があると思います。
※^ 実は現在の教科書検定の基準には、「漢字の筆順は、原則として一般に通用している常識的なものによって」と書かれており、『筆順指導の手びき』に沿うとは書かれていません。しかし現在の小学校の教科書の多くは、『筆順指導の手びき』に則った書き順を採用しています。