連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
テレビやラジオでは、何かをレコメンドせねばならない場面というのが結構ある。プレゼンテーション能力が問われる場面だ。「他の似たようなものと何が違うか」を、端的に説明しなければならない。
テレビならば、編集を前提にして、短いワンフレーズで「バシッ」とキメる必要があるだろう。ダラダラ効能を喋っている暇はない、一言の勝負だ。ラジオの場合はもう少し余裕を持って喋れるが、編集が入りづらいぶんメリハリはなくなりやすい。立てるべき言葉を立てた後に、補足的に説明を足す……みたいな構成が望ましいだろう。
すると自然に、「比喩表現」に頼る場面が出てくる。「ロナウドとメッシを足して2で割った」「エビよりプリプリ」「海の宝石箱や〜」……。ワンフレーズでバシッとまとめられる比喩はとても便利で……それゆえに危うい。
“名比喩”界に新星が誕生していた
比喩というのは、表現したいAに対してよりわかりやすいA’を作り出す行為であって、A'はAに似ているがAそのものではない。ゆえに、A'を作り上げる過程でAから削ぎ落としたものの存在を忘れてはならないのだ。別の言葉で説明する過程で、もしかしたら大切な本質を捨象してしまうかもしれない。そうした危うさが、比喩表現にはある。
ゆえに、比喩の解釈はとても繊細で面白い。歌詞を解釈するときの山場だと言っても差し支えはないだろう。難しいけど楽しいポイントだ。
古今東西さまざまな歌詞で、紐解きがいのある名比喩が生まれてきたものだが、最近その中でもなかなかに難解な新星が現れた(個人の見解です)。
昨年大ヒットを記録したシャイトープ『ランデヴー』だ。
おそらくは恋人との別れに打ちひしがれる様子を歌った、ストレートな失恋ソング。しっとりとしたサウンドも相まってSpotifyのバイラルチャートで1位を獲得するなど、瞬く間にヒットソングへと成り上がった。
それだけ多くの支持を得ながらも、歌詞にはいまだ謎が残っている。不思議な比喩が登場するのは、曲が始まってすぐのことだ。
愛されて愛の色を知るのなら 君は僕を彩っていたんだ
食欲のない芋虫の右手 クリームパンも味がしないな
シャイトープ『ランデヴー』(作詞:佐々木想)
見たことのない表現である。新鮮で、かといって想像できなくはないが、難解である。
なんとなく暗い雰囲気は伝わってくるけれども、言わんとしていることが理解できるわけではない。ネットで検索してみたが、あまりクリティカルな解釈は見つからなかった。これだけのヒット曲に、解き明かされていない謎があるというのは貴重なことだろう。
チャンスだ。この連載も35回を迎え、世の中に打って出る必要がある。有名な曲に便乗し、知名度をゲットするまたとない好機である。
ここはひとつ、至って真面目にこの「芋虫」の比喩の真意を読み解いていきたい。