連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
夏の高校野球も、いよいよ甲子園に進む代表校が揃ってきた。酷暑の中、くれぐれも健康には気をつけてほしいが、見ている側としては「出し切った」全力プレーを期待してしまう。
母校・開成高校は進学校として名が知られているが、野球がちょっと強いことでもちょっと有名だった。
私が高3のときも、チームは激戦の東東京大会をベスト16まで勝ち進んだ。野球名門校との戦いであえなく敗退したのだが、野郎ばかりの一塁側スタンドで同級生たちと声を振り絞ったのはいい思い出だ。相手のブラスバンドvs生声オンリー、一歩も引かなかった。
▲今年も球児たちの熱い夏が始まっている(写真はイメージ)
でも正直、ブラスバンドの応援は、それはそれで羨ましかった。高校野球の雰囲気には、あのメロディーが欠かせない。『タッチ』『紅』『宇宙戦艦ヤマト』『サウスポー』……どれも、私が初めて聴いたのは高校野球中継である。
それゆえ、10代前半に相次いでそれらの原曲を聴いたときには、高校野球とのミスマッチ感に驚くことしきりだった。特にギャップが激しかったのは『タッチ』である。
名曲『タッチ』にひそむ“謎”
名作詞家・康珍化先生は、作品に忠実な形で言葉を紡いでいる。アニメ『タッチ』を知らない人にも多く歌われている名曲でありながら、テーマ自体は作品内の特殊な三角関係なのだ。
その特殊性をヒットに繋げたのだからスゴい仕事なわけだが、一方で多くの人がその「特殊な歌詞」を見逃してもいるのではないだろうか。
私自身、先だって気づいてしまったのだ。こんな不思議な歌詞をスルーしていたのか、と。
きっと愛する人を大切にして
知らずに憶病なのね岩崎良美『タッチ』(作詞:康珍化)
ここに出てくる「知らずに」という言葉、解釈が難しい。どこに繋がり、何を意味しているのか。
国民的アニソンであるにもかかわらず、一聴しただけでは意味を掴みづらいフレーズであろう。良い解説も、ネットではあまり見つけられなかった。
これは、大変に困った。
今後、もしカラオケで歌われたら。もしくはテレビのアニソン特集を見かけたら。気になってのめり込めないではないか。「あ〜な〜た〜か〜ら〜」のあとの合いの手も、1人だけ乗り遅れてしまうに違いないだろう。
▲大事な合いの手チャンスを……
解決策は、ひとつしかない。スッキリとした気持ちでマラカスを握るためにも、疑問を徹底解明したい。
野球漫画『タッチ』を知らないあなたへ
まずは、状況を整理しよう。
歌詞が作品と紐づく以上、漫画『タッチ』の概要からおさらいだ。
上杉達也と上杉和也は双子の兄弟。要領はいいがサボりがちな兄・達也と、努力家の弟・和也という対照的な二人だ。そして、幼馴染の浅倉南は野球部のマネージャーであり、エースピッチャー・和也は彼女に好意を抱いている。
しかしながら、南が気になっているのはいつも達也。そんな達也は、南に好意を抱きつつも和也の気持ちを知っているがゆえに消極的で……と、書いているだけでグッと来る話である。
▲よくわかる三角関係
この状況を踏まえて、歌詞を分析していく。
まずは、歌詞が誰の目線で書かれているかを考えよう。言葉遣いは一見女性のようだが、安易な決めつけかもしれない。
ヒントはサビにある。カラオケでみんなが「タッチ!」と声を合わせるところ、実は歌詞には「タッチ」という文言がないのだ。
お願い タッチ タッチ
ここに タッチあなたから
手をのばして 受けとってよ
ためいきの花だけ
束ねたブーケ岩崎良美『タッチ』(作詞:康珍化)
つまりは「あなたから」とお願いしているのは、手をのばすことに加えて「ため息の花だけ束ねたブーケ」を受け取ることだとわかる。オーダーされた花屋も可哀想だ。
このブーケは憂鬱、うまくいかない気持ちの象徴であろう。「このモヤモヤした気持ちに気づいて」という願いの表れだ。
三角関係のなかで「私に対して積極的になって」と思っているのは南である。和也の気持ちとはちょっと違うだろう。やはり、語り手は南で正解だ。
ずいぶんと国語の授業っぽくなってきた。今回は最後までこんな感じです。