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山上さん:その時に演奏したのはドヴォルザークの『新世界より』という曲でした。練習の段階ではなんとなく「楽しいな」くらいだったんですけど……

いざ本番で弾いたときに、なんか、衝撃。全身に電流みたいなのが走って、「音楽とはこんなにすごいのか」と思ったんです。そのとき、「一生音楽をやりたい」という思いが頭に浮かびました。それで、その日のうちに父親に「指揮者になりたい」と意思表明しました。

――怒涛の1日ですね。「電流が走った」という瞬間、バイオリンを演奏していた山上さんが「指揮者になりたい」と思ったのはどうしてなんでしょうか?

山上さん:バイオリンのプロはすごく幼い頃から必死に練習してコンクールに出て経験を積んでいくという人が多いので、僕だとバイオリンはもう手遅れかなと。でも「指揮者ならいけるかな」って思ったんですよね(笑)

▲1日で人生が変わるとは思っていなかった

――指揮者は今からでも間に合う! と思ったんですね(笑)

山上さん:ちょっとなめてますよね。自分にとっては身近な職業だから指揮者に目が行ったのもあるかもしれませんが……。僕の決意表明を聞いて父は驚いていましたが、反対はされませんでした。そこからはがむしゃらに努力をしましたね。

指揮者になるためにはどうすればいい?

――次に、指揮者という仕事に就くための進路について教えてください。山上さんは東京藝術大学で指揮を学ばれたとのことですが、音楽に関わる仕事であれば、やはり音楽を専門に学ぶ進路を選んだ方が良いのでしょうか?

山上さん:僕は学校はあまり関係ないと思っています。今活躍している指揮者の方でも、音大出身じゃない方ってたくさんいるんですよ。それよりも、今音楽家としてやっている人とどれだけ関わって演奏の場に行くかというのが大事だと思っています。

▲演奏の場に足を運ぶことが本当に重要

山上さん:例えば、知っているプロの演奏家に頼んで「この練習を見たいんですけど」というと、大体見せてくれたりします。その場で指揮者と奏者のやり取りを実際に体験するのが一番大切ですね。逆に、そういうプロとの繋がりができるという意味で、音大に行くメリットは大きいと思いますよ。

――では、山上さんご自身が音大、特に藝大を選んだ理由はどこにあるんでしょうか?

山上さん:つきたい先生が藝大で教えていたというのがひとつ。あとは、芸術のプロが一番集まる大学である、というのも大きな理由ですね。藝大には音楽を専門にする方々だけじゃなくて、美術を専門とする方々もたくさんいて、その雰囲気も知りたかったんです。いろいろなジャンルの勉強ができるのも魅力的だと思いました。

山上さん:実際、入学してから芸術学科の人とも接点があり、刺激をたくさん受けました。ある年の文化祭で、学生だけでオペラを作って僕が指揮をするということがあったんですが、その時の小道具や衣装を作ってくれた美術の人たちは、音楽の世界にはいないようなぶっ飛んだ人ばかりだったし、ものすごい情熱を感じました。「死んでも作品を作ってやろう」という信念が感じられて、関わっていてとても面白かったですね。

――入試で大変だったことはありますか?

山上さん:準備も試験本番も大変でした。正直、もう一生やりたくないですね(笑)。ピアノで演奏された音を楽譜に書き起こす「聴音書取り」という試験なんて、半分くらいしかできなくて……。

▲途中で自分の解答が間違っていることに気づいて、必死に書き直していたそう

――とても大変そうですね。

山上さん:でも今思えば、その試験は受験生の気合いを見るためのものだったのかもしれません。入試ではプロのオーケストラを相手に指揮をする試験もありましたが、僕はオーケストラの指揮がその時初めてでした。今考えると、他の人と建設的な関係を築けるかという「人間性」を見られていたんじゃないかと思います。基本的な振り方は知っておく必要があると思いますが、やっぱり、技術だけあっても良い音楽はできないですから。

指揮者には「歴史」や「地理」が必要!?

――指揮者になりたい人たちがやっておいた方がいいことや、「これは勉強しておいた方がいい」という分野を教えてください。

山上さん:そうですね……僕が思うのは、歴史とか、地理とか

――なんだか、音楽や指揮とは関係の薄いジャンルに思えますが?

山上さん:作曲者の人生やその人が生きていた時代の国や世界情勢などを知っておくことは、すごく大事なんですよ。「どういう経緯や目的でその曲が生まれて、何を伝えるための音楽なのか」ということを理解するのに役立ちます。

▲曲のことで気になったことは徹底的に調べるのだとか

山上さん:たとえば、僕は最近、北欧の作曲家のシベリウスの『フィンランディア』という曲を指揮したんですが。彼が生きていた時代、国と国との関係はどうだったのか、フィンランドに住んでる人がロシアをどう思っていたのか、そして今どう思っているのかを知るのはすごく大事なことだし、音符にどういう想いが込められているのかを考える助けになると思います。

――曲や作曲家についての背景知識を知るためには、一見音楽とは離れたように見える教科が活きてくるんですね。

山上さん:そうですね。その知識があると曲の解像度が変わると思います。音楽に関する学習でいえば、「西洋音楽の発生から現在まで、音楽はどう繋がってきたのか」という理解を深めるのも大事だと思います。歴史や地理とあわせて、「僕がもうちょっとやっておけばよかったな」と思っていることでもあります。

――なるほど。

山上さん:あとは、指揮者は体力命の職業なので、体力をつけておいた方がいいですね。

――確かに、動画なんかで激しく指揮棒を振っている人も見ますよね。やっぱり疲れるんですか?

山上さん:疲れますね。オペラを指揮した時は3キロくらい痩せました。舞台の上が熱いんですよ。体力とか忍耐力は何かと大事だと思いますね。指揮者になる前は「棒振り回すだけの簡単な職業」と思ってたんですけど、全然違いました(笑)

▲指揮者の大変なところは、指揮者になってから気づくこともあった

指揮者として、一番大切にしていること

――山上さんが指揮者という仕事をしていて、大事にしていることは何ですか?

山上さん:そうですね……「音楽的なコミュニケーション」ですかね。

――「音楽的な」ですか?

山上さん:演奏中は言葉でのコミュニケーションができないので、いろいろな指揮の振り方で指示を伝えるのが重要なんです。

▲指揮だけでやりとりしなければならない

山上さん:もちろん、言葉でのコミュニケーションも非常に大事です。たとえば、自分の意図した演奏と違う指示をされたとき、「なんで?」と思ってしまいますよね。そのときに「こういう理由でこう演奏してほしい」とか、ちゃんと理由を説明できないといけないんです。

山上さん:ほかにも、相手にしっかり伝わるように言葉を選んだり、そういう「キャッチボール」を通じて自分が思い描く完成系の音楽を目指します。練習でこういうやりとりをしているとすぐに時間が過ぎてしまうのですが、「理想の音楽」に向かうためのプロセスとして、やはりコミュニケーションは欠かせないです。

――なるほど。

▲言葉でやり取りできないときがあるからこそ、言葉を使うコミュニケーションも大事にしたい

山上さん:それから、そういうコミュニケーションをとるためには日頃から勉強を続けるのが大切だと思っていますね。オーケストラには100人くらいの人がいるんですが、その中で「自分が一番勉強しているぞ!」と思えるくらいじゃないと指揮者は務まらないと思っています。指揮の幅を広げるために他の人の指揮や練習の様子をたくさん見に行かせてもらって日々技を盗んでいますし、気になったことは自分が調べて手に入る情報なら積極的に調べています。手札になって自分の助けになると思うし、説得力にもつながりますからね。楽譜も毎日見るようにしています。

――毎日ですか!?

山上さん:同じ曲の楽譜を見るのでも、図書館で見たとき、カフェで見たとき……毎回違うものが読み取れます。僕はその変化を大事にしているので、楽譜を見ることは絶対に毎日やるようにしています。やってきたことは絶対に体の中に溜まっていくと思っていますし、逆に「これでいいや」と思えることがないかもしれない。「ゴールがない」と言ってもいいですね。

▲「これでいいや」と思うことはないそう

――なるほど。「ゴールがない」聞くとかなり大変そうな印象もありますが、逆にいえば「表現の幅が広がる」「選択肢を増やしていく」という意味ではプラスに捉えられますね。

山上さん:オーケストラ相手だと「準備不足」って一瞬で見透かされちゃうんですよね。最初にお話しした「準備が99%」というのは、こういうところです。

――準備とコミュニケーション、これが指揮者というお仕事をする上で非常に大事なんですね。「コミュニケーション」がとにかくキーワードだと思ったのですが、山上さんは昔から人とコミュニケーションを取るのが得意だったんですか?

山上さん:いや、全然。逆にめちゃくちゃ苦手でした。

――そうなんですか!? 

▲「しゃべるのもどちらかというと苦手ですよ」

山上さん:言葉で伝えるのは得意じゃないんですよね。ただ、音楽は国も年齢も問わずに感情を共有できるし、時には言葉を超えて何か伝えることができるから、そこが素晴らしいところだと思います。人とコミュニケーションを取りたいから、言葉のいらない音楽をやっているのかもしれないですね。

――そう聞くと、よく知らない音楽家の方に「演奏を見せて」と頼むのはなかなかコミュニケーション力が必要な行為じゃないかと思うんですが、そこはハードルじゃないんですか?

山上さん:見たい気持ちの方が強くて、そのあたりはあまり気にならないですね。一緒に音楽を作ってくれる人と演奏できて、その喜びをお客さんに伝えるっていうのが何よりも嬉しいので……。指揮を振っている時に見える演奏者の顔とか、もうすごいんですよ。本当に素敵で。

――山上さんの話を伺っていると、音楽を好きな気持ちの強さで、苦手なことを軽くとびこえている印象を受けますね。

読者の皆さんへのメッセージ

――山上さんのお話をきっかけに「指揮者」という職業に興味を持った方や、面白いなと思った方もいると思います。そういった方々へメッセージをお願いします。

山上さん:まずは気軽に演奏会に来て欲しいです。「クラシック」というジャンルに対して「なんか難しいな」とか「ハードルが高いな」と思っている人もたくさんいると思うんですが、もう、遊びに来る感覚で来てください。

▲「オケを体験しないのはもったいないです」

山上さん:指揮者という職業は、すごく大変な仕事ですし、今それを実感しているんですけど、本番ではそれ以上の幸せや喜びを特等席で味わえる、なかなかないお仕事です。あとは、定年もゴールもないので、死ぬまで音楽ができます。音楽が好きな人にはぜひ目指してもらいたいなと思います。

山上さん:指揮者になるのは難しいと思っているかもしれませんが、実はチャンスはいろいろなところに転がっているので、人との出会いやコミュニケーションを大切にして、素敵な人生を送ってほしいです。とにかく、「音楽は素晴らしいんだよ」ということを伝えたいし、その喜びをみなさんにも体験して欲しいと思います。

▲ありがとうございました!

インタビュー中は、その明るい人柄と朗らかな語り口で、温かく笑いの絶えない現場となりました。山上さんから伺った話の端々からは「音楽への情熱」が溢れ出ており、「なるほどこういう方が指揮者になるのか」とどこか納得している自分がいます。

皆さんも一度、コンサートホールへと足を運んでみてはいかがでしょうか。きっと感じたことのない「一体感」があなたを待っていますよ。

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QuizKnock編集部

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