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函館の「海に浮かぶ夜景」を見に行こう【季節限定】

ディープな魅力

函館の「海に浮かぶ夜景」を見に行こう【季節限定】

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こんにちは! 函館在住の水産学部生ライター、のりです。

函館の観光名所といえば、函館山山頂から見る「100万ドルの夜景」が有名ですよね。私も何度か見に行ったことがありますが、夜景がきれいに見える時間帯を狙って行くと、あまりの人の多さに疲れ果ててしまうなんてことも。

▲街の明かりの中に隠された「ハート」を見つけられると恋が叶うとか……

私が今回紹介するのは、函館山の展望台ほどは混雑せずに楽しめる、函館のもう一つの夜景です。一体その正体は……!?

海に浮かぶ夜景!?

函館のもうひとつの夜景は、主に夏から秋にかけて津軽海峡の上に見ることができます。

水平線にぽつぽつと並ぶ光――。海に浮かぶ明かりの正体は……イカ漁をする漁船です! 

▲左の方の光が漁火、右の方の光は函館市街の明かり、右上に見えるのは函館山の展望台です

この明かりは、「漁火(いさりび)」や「集魚灯(しゅうぎょとう)」と呼ばれるものです。イカは「明るいところが好き」だから明るい光に集まると思われることもありますが、実は「薄暗いところはもっと好き」だといわれています。イカは、日が沈んだ後の真っ暗な海の中で少しでも明るい場所を探して泳ぎますが、いきなりまぶしい光に照らされ、すかさず薄暗い場所に逃げ込みます。イカ漁では、そんなイカの行動を利用して漁船の真下の影に集まるイカを狙っています。

▲函館のイカ漁船

電球が船の外側ではなく中心の方につけられているのは、海を照らすことが目的ではなく影をつくることが狙いだからなんです!

「漁火夜景」が見られるスポットに行ってみる

津軽海峡に輝く「漁火夜景」を眺めることができるスポットに行ってみましょう! 私のおすすめ2か所を紹介します。

①啄木(たくぼく)小公園

通称「漁火通り」と呼ばれる国道278号線沿いに、函館を愛した漂泊の詩人、石川啄木の座像が建っています。その周囲は小公園として整備されており、階段から砂浜に降りることもできます。昼間に訪れても風景を楽しめる公園です。

ここをおすすめする一番の理由は、砂浜まで降りて広がる水平線に連なる漁火を眺められることです。長く続く砂浜を歩きながら漁火を眺め、穏やかな夜の時間を過ごせます。また、ドライブ途中でもふらりと立ち寄りやすいアクセスの良さもポイントです。

函館は、夏でも夜になれば涼しく過ごしやすくなります。心地よい夜風に吹かれながら海を眺め、リラックスした夜を過ごしてみるのはいかがでしょう?

▲小公園から砂浜に降りて夜の海を眺められます

②立待岬(たちまちみさき)

函館山展望台から見て南東に位置し、津軽海峡に面する岬です。市電「谷地頭(やちがしら)」電停から約20分、石川啄木とその家族が眠る墓所を通り過ぎ、岬へたどり着きます。

この場所が漁火鑑賞にうってつけな理由は、街の明かりから離れ、暗闇の中で漁火の眩い光に出会える点です。波の音だけが聞こえる中で遠くの光を眺めていると、日頃の忙しなさから解放されるような気分になりました。この岬にも駐車場があるため車でアクセスしやすくなっています。

街の喧騒から離れたこの岬で、日常を忘れる時間を過ごすのはいかがでしょうか。

▲左手に見える明かりは湯の川温泉街のものです

漁火を見たら、競りも見てみよう

漁火が照らす夜景を見た翌朝は、その船が獲ってきたイカが競りにかけられるようすも見に行ってみましょう! 函館市水産物地方卸売市場は、2日前までにメールか電話で予約をすれば誰でも見学することができます。イカの競りは5時30分から始まり、6時から鮮魚の競りとなります。

函館のイカ競りは、競り人が基準となる値段を声に出してスタートし、価格を下げていく間に一番早く手を挙げた人が競り落とす「競り下げ方式」です。長時間の駆け引きはせず、目にもとまらぬ掛け合いで落札されます。猛烈なスピード感と熱気を感じられるのが醍醐味です。

イカはこれから消費地の市場や加工場に運ばれ、そして私たちの食卓へやって来ます。朝市やはこだて自由市場などでは、獲れたての新鮮なイカ料理を味わうことができます。

函館は「イカの街」、でも近年は……

夜景を楽しんで競りを見て……函館は「イカの街」であることもおわかりいただけたでしょうか。ここでちょっとだけ歴史の話。

日露戦争の終結後、ポーツマス条約に基づき1907年に締結された日露漁業協約がきっかけとなり、勢力を拡大したのが北洋漁業でした。昭和初期には函館の人口は20万人を超え、北の水産都市として全盛期を迎えました。

その頃のスルメイカ漁は、津軽海峡から三陸沿岸に主要な漁場を形成し、北洋漁業と並び圧倒的な漁獲量を誇りました。1950年ごろに函館でのスルメイカ水揚げ量は急増し、1953年に函館を含む渡島管内での水揚げは1万5780トン、全国の約37%を占めたほどで、連日のように豊漁が続いたといわれています。

イカの赤ちゃん(稚イカ)は東シナ海と日本海南部を中心とした海域で生まれ、太平洋側では黒潮、日本海側では対馬海流に乗って北方の海域まで流れてきます。これが、津軽海峡で成熟したおいしいイカが獲れる理由です。

しかし近年は、イカの記録的な不漁が続いています。減ってしまったイカ資源を管理するために漁獲を制限しており、昨年(2025年)は活イカが水揚げされず観光客に人気の「イカ釣り堀」にはイカが泳いでいない日もありました。2025年、2026年と連続で、6月1日のスルメイカ漁解禁日にはイカがほとんど獲れず、初競りは2年連続の延期となっています。イカの資源量の減少だけでなく、燃料の高騰も漁船を出せない理由となっています。

イカの街の“いま”に会いに行く

日本周辺で獲れる魚種が変わることは、数十年周期での海水温の変動と連動していると言われています。現在の寒冷期が短期間で終了し、また温暖期が続くようになればスルメイカが獲れるようになるという説もありますが、水温が大きく変わることで漁期や漁場が変化することも考えられます。

海が変わるのなら、私たちも柔軟に変わり、今の海がもたらしてくれる魚をおいしく味わい、愛していくべきなのかもしれません。それでも、イカとともに発展してきた函館の街並みや食文化、イカ漁師がいる風景が薄れていくことは、あまりにも寂しいことではないでしょうか。

イカは、平成元年に函館市の「市の魚」に制定されました。函館市内には、マンホールやフェンスなどのいたる所にイカがデザインされています。函館を守る正義のヒーロー「函館鮮士イカダベッサー」、函館を侵略しようとする宇宙人「イカール星人」といったキャラクターの存在からも、函館にとってイカが特別な存在であることが感じられるかと思います。

さらに、函館最大の夏のイベントである港まつりでは、2日間で合計2万人以上が函館名物の「いか踊り」を踊り歩きます。私もこの行列に参加して、全力で声を出して踊り狂った時には、心から「函館に住んでよかった!」と涙が出るほどでした。それと同時に、こんなにもたくさんの子どもから大人までの函館市民がいか踊りを踊れるのだから、まだまだ函館は「イカの街」としてやっていける、と思えました。

漁火を眺めていると、この景色の中にいる漁師さんへの感謝と、将来もイカ漁ができる海であってほしいという思いでいっぱいになります。今の函館で見られるこの景色を、ぜひ見に来てほしいです!

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のり

のり

北海道大学水産学部に在学中です。海に関するさまざまなことに興味があります。海と人の素敵な関係性が愛おしくて大切にしたいと思っています。画面越しに磯の香りを感じられるような記事をお届けしたいです!

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