【前回までのあらすじ】
出張先で晩ご飯を求め街を練り歩く「私」。えも言われぬ匂いにつられて迷い込んだ路地には、「学名レストラン」なる看板が掛かった古びた店から明かりが漏れている。
好奇心に任せてドアをくぐると、どこの国籍ともつかぬ店主が迎えてくれた。曰く、どこの国の人でも注文できるように、メニューに載っている食材は学名で書かれているのだとか。果たして「私」はお腹を満たして無事帰ることができるのだろうか……。
※学名とは生物を分類する上で用いられる世界共通の名称だ。命名にはラテン語が使われている。例えば「ヒト」は日本語話者にしか通じない名称だが、学名の「Homo sapiens」に言い換えれば全世界で通用する。ちなみに「Homo」の部分は属名、「sapiens」の部分は種小名と呼ばれる。ネアンダルタール人やジャワ原人も含まれるHomo属の中のsapiensという種を指すことができる。
スツールが設えられたカウンターには、一葉のメニューが几帳面に置かれている。
「まずはスープなどいかがでしょうか。」
……そういえばあの店主、日本語使いこなしてたよな。客の母語に合わせたメニュー表を渡すのじゃダメなのか?
ぼやきながら振り返りかえった路地には一点の明かりも無く、何の料理に使われていただろう、ただAllium sativumの香りが漂うだけだった。