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こんにちは。群馬出身、今は京都住みライターの田又です。

京都とお隣滋賀の関係を例えた有名なジョークがあります。それが「琵琶湖の水止めたろか」というやつ。京都市内の生活用水は、ほとんどすべてが琵琶湖から流れてくるものなので、もしなくなったら生活が困難になってしまいます(実際には京都市が水路を管理しているため、滋賀県側に水を止める権限はありません)。

このような「もし〇〇がなくなったら」という地理や歴史の想像は誰しも一度はしたことがあるのではないでしょうか。

私は生まれてから高校卒業まで群馬で過ごしていたのですが、京都に来て群馬の印象を聞くと、「温泉」「グンマー帝国」「栃木とどっちがどっちか分からない」、果ては「印象なんてない」まで。群馬県民としては悲しい限りです!

そこで今回は、突然群馬がなくなってしまったらどうなるんだろう? という想像を膨らませてみました。いかに群馬が日本を支えているのか、とくとご覧ください!

群馬がなくなると〇〇が食べられなくなる?

――さて、ここは突然群馬がなくなった日本です。京都にいる自分には何も影響がないかと思いきや、食卓に変化が起こってしまっているようです……。今日の晩ご飯は少し豪華にする予定だったんですよ! 

用意したはずの食材は「ごはん、おでん3種、とんかつ、千切りキャベツ、イチゴ」でした!

▲用意したはずの晩ご飯

でも群馬がなくなって、何かが減ってしまっているような……?

おなかいっぱい食べるつもりだったのに、食材が減ってしまって満足できません!

そうだ、夜食も食べてしまいましょう。でもちょっと待って、何やら夜食にも変化があるようで……?

食べることが大好きな私にとって、食卓がさみしくなるのは大問題です……。

さてそんな中、群馬がなくなった世界だと、東京ではカップ焼きそばを作るお湯すら不足しているそうです。それもそのはず、日本一の流域面積を誇る利根川は群馬県北部に源を発し、関東平野を横断して太平洋に注いでいます。利根川は武蔵水路で荒川と結ばれており、利根川・荒川の水は東京都内で使用される水のうち約8割を占めているのです。

「琵琶湖の水止めたろか」になぞらえて、例えば「利根川の水止めるんさ~」のように言っても良いほど、利根川の水は関東地方の生活を支えているのです。

んさ:群馬弁の語尾。「〇〇行くんさ」のように使用される。

観光もスポーツも生活も大打撃

お正月

自宅での食卓に絶望してしまいました。もうなんかすべてがつまらないし、家族にも会いたいので、実家のある群馬帰省してやろうと思います(群馬がなければそもそも私の実家もなくなってしまいますが、まあ都合よく考えます)。

私は帰省すると、群馬の温泉に足を伸ばすことがあります。群馬には草津温泉など全国的にも有名な温泉があり、群馬といえば温泉のイメージを抱く人も多いでしょう。2023年度の環境省のデータによると、群馬には97の温泉地(宿泊施設を有する温泉)、578の宿泊施設459の源泉が存在しているそうです。それがなくなってしまうだなんて、日本人にとって大打撃まちがいナシ。

▲草津温泉のシンボル・湯畑

なくなってしまうのは、温泉だけではありません。今や全国の温泉で販売されている「温泉まんじゅう」も消滅。地図記号にも使われる「温泉マーク」もなくなっています。温泉まんじゅうの発祥とされる「湯の花まんじゅう」が名物の伊香保温泉や、温泉マークの起源とされる記号が江戸時代の文書に見られる磯部温泉なども群馬にあります。群馬がなくなってしまえば、今や定番となっている温泉の文化がなくなる可能性もあるのです。

せっかく帰ってきたのに、群馬の良さを感じられないだなんて、つまらなすぎる。家でテレビでも見て過ごすか……。

▲田又家(イメージ)

我が家は特にお正月には我が家はニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝競走大会)を見ているはずですが……元日にもかかわらず実家のテレビは何も流れていません。

ニューイヤー駅伝は例年群馬県内の全長100kmのコースで行われています。1月に快晴が多く、地元群馬に本工場が置かれる自動車メーカー・SUBARUによる公道上のサポートが受けられる群馬は開催地として適しているとされていて、別の開催地を探すのは難しかったようです。

移動だってムリ

移動手段にも変化が出ているようです。例えば、スキーに行きたくても、群馬がなければ新潟にも長野にも行くことができません。東京と新潟を結ぶ上越新幹線と、東京から長野を経由して福井までを結ぶ北陸新幹線は、いずれも高崎駅に乗り入れているためです。あ~、スキーに行きたいみなさんが埼玉で立ち往生していますね。

▲上毛かるた「か」の札からも群馬の重要性が分かります

移動中に聞く音楽もガラッと変わってしまうかもしれません。恋愛ソングで人気を集めるback numberは、メンバー全員が群馬出身で、結成地も群馬であると公言しています。かくいう私も、「最寄り駅が同じ」という縁で小学生の時から応援し続けています。

実際、群馬がなくなったことはある

……ふぅ、群馬、やっぱり大切だんべ?

だんべ:群馬弁の語尾。「でしょ」の意など、幅広く使われる。

いろいろな角度から「もしも群馬がなくなったら」という想像をしてみましたが、「群馬県」という地名が実際に消滅してしまったことがあるのはご存じでしょうか?

▲1871年当時の群馬県周辺(『大日本読史地図』)

最初に「群馬県」が成立したのは廃藩置県を経た1871年のことでした。現在の群馬県から南東部の館林周辺がないような形をしているのが特徴的です。

しかし、2年後の1873年に「群馬県」は「入間県」(現在の埼玉県西部)と合併し「熊谷県」となり、地名としてはあえなく消滅してしまいました。当時の県令(現在の県知事にあたる役職)が両県を兼任していたため、中間地点の熊谷に県庁を置くことで効率化を目指した結果と考えられています。

▲「熊谷県」になった部分はここ(筆者加筆)

最終的には、さらに3年後の1876年に再度「群馬県」が復活し、現在もほぼこの時の形がそのまま残っています。

廃藩置県後の地名や行政区域の変動は群馬県以外にも見られ、例えば「奈良県」「富山県」「鳥取県」などの地名も1度消滅しています。その後、いずれの地域でも再設置を求める運動が起こり、現在おなじみの47都道府県が形成されるに至っています。

最後に

今回の企画では、突然群馬がなくなったら……という前提で想像を広げ、生業や文化、風土といった「群馬らしさ」の一部を紹介してきました。

群馬に近い地域はもちろん、日本全国に多大な貢献をしていて、なくなったら生活が不便になってしまうことがわかったかと思います。

今回紹介した要素以外にもみなさんの生活の中で群馬を見つけたら、「どんな場所なんだろう?」と思いを馳せてみてくださいね。

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この記事を書いた人

田又春哉

京都府立大学3年の田又春哉(たまた・はるや)です。群馬県太田市出身。歴史地理学を学んでいます。京都府立大学クイズ研究会「桂葉会」で会長としてクイズを楽しんでいます。好きなものは群馬県と旅行。

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