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解説

正解は「山田耕筰」でした。

▲私が山田耕筰です

ヒント1:「カルピス」の命名に関わる

カルピスは、1919年に発売され100年以上の歴史を誇る、日本初の乳酸菌飲料です。

カルピスを生み出した実業家・三島海雲は、「カルピス」という言葉を生み出すのにかなり苦労したといわれています。当時の日本では健康ブームの影響もあってカルシウムが注目されており、そこから「カル」という文字列を取り入れました。それに加え、僧侶という一面ももっていた三島は、仏教で「醍醐味」を意味する「サルピルマンダ」から「ピル」をとって、「カルピル」という名前を思いつきます。

しかし、「カルピル」では歯切れが悪い……。悩んでいた三島は「カルピス」という言葉をひらめきます。そこで、作曲家の山田耕筰に意見を求めたところ、「カルピスは響きが良い」と太鼓判を押しました。その結果、「カルピス」という名前が生まれたといわれています。

ヒント2:日本人初の交響曲を制作

山田耕筰は、東京音楽学校を卒業したのち、作曲を学ぶためにドイツへ留学します。

彼がドイツ留学の卒業制作として作曲した『かちどきと平和』は、日本人による初めての交響曲とされています。曲の冒頭部分に『君が代』の一部が取り入れられているなど、和と洋の音楽が美しい調和を見せています。

▲『かちどきと平和』

ヒント3:『赤とんぼ』などの童謡を作曲

山田耕筰はオペラや歌曲、交響詩、童謡などさまざまな作風の楽曲を残しました。

なかでも、作詞家の三木露風ろふうとコンビを組んだ『赤とんぼ』や、北原白秋とコンビを組んだ『この道』『待ちぼうけ』といった童謡は、現在でも多くの人が知るなじみ深い楽曲となっています。

ちなみに、山田耕筰は日本初の本格的な交響楽団を創設した人物でもあります。彼は、私たちがよく知る童謡の作曲者という面だけでなく、さまざまな方面で日本の音楽に影響を与えた音楽家だったといえるでしょう。


最後まで読んでいただきありがとうございます! ぜひ次回の「今日の一問・音楽編」にも挑戦してくださいね!

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この記事を書いた人

和歩

和歩です。慶應義塾大学クイズ研究会に所属していました。「マーケティングからわかること」を伝える記事や、「明日誰かに話したくなる」記事の執筆を目指して頑張ります。

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