連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」 音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
席だけは主人公な学生時代だった。
教室の後ろ側、優しい陽光差し込む窓際の席。そこで嗜む午睡が我が高校生活の中心を占めていた。午睡というよりは全睡なことも多かったが。
▲午睡(ごすい)とは昼寝をすること
『金色のガッシュ!!』の清麿をはじめ、窓際の席はなぜだか漫画の主人公に人気である。窓際席に席替えされるところからすべての物語が始まると言っても良いだろう。たしかに座ると心地がよく、教室を俯瞰できるのもいい気分だ。
ある程度は席の希望が通る高校時代だったので、教室の左サイドという定位置からはほとんど動いたことがなかった。席替えに求めるのは、未知へのときめきよりは城を守る安心だ。
だからこそ、「好きな子ととなりになれるかも?」みたいなドキドキへのあこがれは、自分にも多少はあった。塾に期待してた頃も、あったにはあったのだけれど。
現実には、小学校から男子校であった自分には「ドキドキ席替え」の記憶はまったくなく、そのイメージの大部分を『学園天国』が担っているような気がしている。
何度もカバーされた名曲『学園天国』
『学園天国』は小泉今日子のカバーでも人気を博した、フィンガー5の大ヒット曲である。曲名は知らなくとも、イントロの「ヘーイヘイヘイヘーイヘイ」は聞き覚えがあるだろう。
そして何よりすごいのは、それほどの知名度にもかかわらず、世にも珍しい「席替え」がテーマの曲だという点である。この曲に『学園天国』と名前をつける、作詞家・阿久悠のセンスたるや……。
憧れのあの子の隣を巡る、ドキドキのくじ引きレース。誰もが狙っている、でも誰にでも平等にチャンスのあるひと席だ。その位置取り次第で、日々の輝きは天と地。果たして今後の学園生活はどうなっちゃうの〜〜?という、素敵な青春ソングであろう。
だがしかし、皆さんはお気づきだっただろうか?
この曲の席替えシステム、他に類を見ない特殊なものなのだ。
あいつもこいつもあの席を
ただ一つねらっているんだよ
このクラスで一番の
美人の隣をフィンガー5『学園天国』(作詞:阿久悠)
まず、あの子の隣の席が「ただ一つ」というのは、かなり限られた状況である。あの子の席が、窓側か廊下側、どちらかの一番端の列にないといけないからだ。
▲隣が「ただ一つ」になるには、あの子の席が端にある必要がある
しかも、である。自分の席替えを前にして、その子の席だけ確定している、という状況はかなりレアだ。というか平等な席替えならまず起こり得ないだろう。なんだこれは。
この学園は、天国などではない。フェアじゃない特殊な席替えや、特殊すぎる教室の構造が想定されているのだ。これは、なにか良からぬことに巻き込まれている、学園地獄の可能性すらあるだろう。
勉強する気もしない気も
この時にかかっているんだよ
もし駄目ならこのぼくは
もうグレちまうよフィンガー5『学園天国』(作詞:阿久悠)
私は真剣に心配している。
この学園生活には、何かがある。良からぬ何かが、だ。あの子の隣になれるかを心配する前に、この学校のなにかやべえ部分を心配するべきである。
リリースから50年が経とうとしている今だからこそ、時効になる前に謎を解きたい。闇深き席替えという病理に、真理のメスを入れていこう。