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こんにちは。好きな連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)は、『あさが来た』1択のはぶきです。

が、その1択がこれから2択になるかもしれません。理由は、10月から始まる朝ドラ『ブギウギ』!

『ブギウギ』は歌手の笠置シヅ子さんをモデルにした物語で、大阪の下町に位置する銭湯の看板娘として育つヒロインの鈴子が、戦後のスターとなっていく過程を描きます。

ところでみなさんは、タイトルにもなっている「ブギウギ」とは何かご存知でしょうか?

「ブギウギ」といえば、「クリアアサヒ」のCMでおなじみの楽曲『東京ブギウギ』などが思い浮かぶ方もいるかもしれませんね。実は、そんな「ブギの女王」と呼ばれたのが、先述の笠置シヅ子さんなのです。

今回は、そんな「ブギウギ」をはじめとした戦後の日本の歌謡曲について解説していきます!

ブギウギって何?

ブギウギは、1920年代アメリカで始まった、ジャズの演奏形式の一種です。

ピアノジャズによく用いられた形式で、左手は1小節に8拍のビートを刻みながら、右手は即興的にメロディを演奏します。実際の演奏はこんな感じです。

1930〜1940年代には世界的に流行し始め、ダンス音楽としても親しまれるようになりました。この頃に、日本でも「〜ブギ」と呼ばれるが数多く作られるようになったのです。

ブギの女王・笠置シヅ子

笠置シヅ子さんは1914年香川県で生まれ、1927年大阪松竹楽劇部に入りました。作曲家・服部良一と組んでジャズ歌手として売り出したものの、戦時中は「敵国の音楽」として当局の指導で何度も公演の中止を余儀なくされたそうです。

その後終戦を迎え、1948年にレコードを発売した『東京ブギウギ』が大ヒット。笠置さんは他にも『買物ブギー』や『ブギウギ娘』などさまざまなブギウギを歌い、「ブギの女王」と呼ばれましたが、1956年歌手を引退し、晩年まで演劇の世界で活躍しました。

戦後の日本歌謡界

太平洋戦争直後の日本では、『東京ブギウギ』の他にどんな曲が流行していたのでしょうか。

当時の大ヒット曲である並木路子さんの『リンゴの唄』と藤山一郎さんの『青い山脈』を、実際に聴いてみましょう!

現在流行中のJ-POPとは、雰囲気が大きく違いますよね。

特に違うのが、歌い方です。当時の歌手は音大出身者が多かったため、歌い方が西洋芸術音楽の「ベルカント唱法」や「ドイツ唱法」という歌唱法に近くなっており、無理なく力強い声を発することが可能です。

それに対して、現代のJ-POPは日常生活の声に近い歌い方をしていて、「しゃくり」を多用します。J-POPの歌い方には洋楽と演歌の良いとこどりのような良さがあり、必ずしも西洋芸術音楽における発声が良いと判断できるものではありませんが、高齢の方から時折耳にする「最近の人は歌がうまくない」という評価は、歌い方の差がそう感じさせているのでしょう。

戦後の日本と音楽

さて、戦後の日本で流行した曲を見てきましたが、この曲たちにはいずれも共通点があるように思えます。それは、「前を向くような明るい曲調と歌詞」が備わっていることです。

以下は私なりの考えになりますが、特に「ブギウギ」はアメリカ発祥の音楽で、敵国だったアメリカの要素を取り入れることは終戦後だからできたことであり、「この曲を聴ける」ということ自体が終戦を再認識させてくれたのではないでしょうか。

そして、敗戦した日本の人々にとって、ブギウギの明るい音楽性「希望」の象徴だったのではないでしょうか。

終戦直後の日本を明るく照らす一要素が音楽にあったのだとすれば、現代に音楽を学んでいる私も、大変嬉しく思います。

ブギウギで朝からハッピーに!

ブギウギは1920年代に発祥した、明るい曲調ジャズミュージックでした。

想像の域は出ませんが、「ブギウギ」という音楽ジャンルはこれまできっと多くの日本人に希望を与えてきたことでしょう。

朝が苦手な私も、10月2日の『ブギウギ』初回放送に備えて、早寝しようと思います。

それでは、おやすみなさい!

サムネイル画像出典 / Via PR TIMES(画像をトリミングしています)

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この記事を書いた人

はぶき りさ

東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、同大学別科オルガン専修を経て、同大学音楽学部器楽科オルガン専攻2年。世界で何千年も生き続けている「音楽」という文化に、少しでも興味を持ってもらえるような記事を書けたらと思います。よろしくお願いします。

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