こんにちは! ライターの楠です。
皆さんは「古文書」と聞くと、どんなものを想像しますか?

昔の大名や貴族のような由緒ある家に伝わるものなど、なんとなく縁遠いものに感じる人もいるかもしれませんが、実は歴史研究の対象となる古文書は、私たちの身近なところにもあるものです。例えば「〇〇家の戸籍」といったものが、古い民家の蔵や屋根裏で見つかることも、地方ではまだまだ珍しくありません。
そして近年、こうした古文書が廃棄や紛失の危機に直面するケースが発生し、大きな問題となっています。なかにはネットオークションに出品され、歴史的価値のある史料が行方不明になってしまうケースも……。

今回はその実情を知るため、長野県立歴史館にお邪魔しました。お話をうかがったのは、日本史研究者として古文書の読解や保存に携わっていらっしゃる
オークションに古文書が!? 史料が直面する危機
ーー本日はよろしくお願いいたします! 率直に、現在古文書が直面している「管理・保存の危機」という部分について教えてください。
村石さん こちらこそよろしくお願いします。これまで古文書は、伝えられてきたお宅で守っていくべきものという考え方が一般的にありました。
ただ、社会背景が大きく変わってきて家の後継者がいないとか、引っ越して住む場所を変えるという人が増えてきた。そうするとそれまでの古文書が廃棄されてしまうケースも増えてくるわけです。
また、20年くらい前からネットオークションも普及してきて、そうした史料がオークションにかけられることも多くなってきました。今もオークションのサイトを見てみると、地域の古文書が多く出品されています。
――古文書をコレクションされている個人が好んで購入する……という用途でしょうか。
村石さん そうですね。ただ、古文書はたいていは“ひとまとまり”になっていることが多い。例えば長い1枚の紙で書かれているもの、冊子のようになっているものなどです。残念ながら、オークションではこういった古文書がばら売りされてしまうこともあります。そうなると再回収も大変難しく、さらに歴史的史料の破壊ということにもつながります。
そういったことを防ぐためにも、本来は博物館や歴史館、図書館といった公的な機関がきちんと予算を取って購入して、それを管理していくというのが理想なんですよね。ただそれにも問題があって、公的な機関ではオークションには参加できないんです。

ーーオークションに参加できない。なぜでしょうか。
村石さん 行政では、備品……それが鉛筆一本であっても見積もり額を計算して、それが妥当であるかを文書で確認してから購入するわけです。ところがオークションとなると、いろんな人が入札をすればどんどん値段が上がっていきますよね。そうなると見積もりを出して予算をつけられないから、行政が購入するということができないんです。
ーー確かに、行政は税金を使ってものを買っているわけですから、釣り上げられた金額に対してさらに乗っかる……ということは難しいのですね。そうすると、オークションに出ている古文書を救うことは難しいのでしょうか。
村石さん 研究者や行政の職員が、これは貴重だと思った史料を自腹で購入することはあります。私も、たまたま自分で落札できた史料がいくつかあって、それは歴史館に寄贈しています。こういうふうに目録にもまとめているんですけれど。

ーーこちらに書かれている史料が全部、村石さんが落札されたものですか! たくさんありますね。こうして集められた史料も、研究に利用されているのですか?
村石さん はい。以前私がオークションで落札した古文書の中に、今の鹿児島県と宮崎県の一部にあたる、薩摩藩の藩主だった島津家にまつわるものがありました。その中に初代藩主・島津家久の直筆の書状が入っていて。まとまった『島津家文書』は現在国宝に指定されています。私が落札できたものも、その『島津家文書』がバラバラになったものです。ひとまとまりになっていれば、これも国宝の一部となっていたでしょう。
ーーとても貴重な史料なんですね。どういった内容が書かれているのでしょうか。
村石さん タバコについての内容です。タバコは16世紀の中頃にポルトガルから日本へ伝来した説が有力ですが、それが最も早く流行したのが九州でした。江戸幕府は、何度かタバコの禁止令を発布しているのですが、家久は、それにもかかわらず家臣の中にタバコを吸い続ける者が多いことに頭を悩ませていることを書状に記しています。中でも、城で働く女房たちの中にもタバコを吸う者がいることが書かれており、これは女性の喫煙について記された日本最古級の記述の可能性があります。

ーーオークションでこの古文書を手に入れられなかったら、論文として世に送り出すこともできなかったものですね、そんな貴重な史料が村石さんの手に渡って、本当によかったと思います。

村石さん そうですね。私たち研究者の間でも、「〇〇さんが専門としている分野なのでは」と思える古文書がオークションに出品されていれば、オークションを利用している他の研究者の方たちと情報共有をすることもあります。研究者同士で入札し合って、値段がつり上がってもいけませんからね。
ただ一方で、こうしたオークションへの研究者の参加が、必ずしも正しいことではないとも考えています。現在のところ、落札は私費で行わなければならないし、それを他の研究者に強制することはできない。あくまで前提としては、公的な機関が収集するのが望ましいことではあります。
古文書を守れ! 歴史館の取り組み
ーーオークションに参加して落札することが最善の解決策ではないとすると、古文書の保護という観点から、どのような取り組みが有効なのでしょうか。
村石さん 古文書が廃棄されたりオークションに出品されたりする前に、古文書が残されている家の方に向けて、史料をなくさないように管理していただけるよう周知するのが大切だと考えています。また、もし管理が難しければ、うちのような歴史館や、自治体の文化財関連の部署にご連絡いただいて、保存の方法について相談していただけるとよいと思います。

法的な話をすれば、史料の所有権を持っているのは所蔵している家の方なので、それを捨てたりオークションに出すのは所有者の自由ということになってしまうのですが、できればそれはやめていただきたい。というのも、古文書の中には地域に住んでいた方々の戸籍だとか、公的な文書も一定数あるわけです。それはつまり、古文書には公共財としての側面もあるということで、個人の財産だとは簡単には言えない部分がある。そういった部分で、多くの方に問題意識を持っていただきたいと考えています。
ーー確かに、公文書であると考えると、むやみに手放すことはよくないですね。
村石さん この春(2026年)から、長野県立歴史館では月に1回古文書相談会を開催することにしました。古文書の処分に困っている方や、家にある古文書の内容が知りたい方などのお話をうかがうことで、だんだんと裾野を広げていければと考えています。

ーー相談会! そういうイベントがあると、古文書を持っていらっしゃる方にとっても心強いですね。
村石さん これまでも電話で何件か歴史館に問い合わせが来ることがあり、想像以上にニーズはあるのだろうと。まずは、古文書そのものや、相談できる歴史観のような場所のことを皆さんによく知ってもらうことが、古文書を守る上で大事になると思います。
古文書には、「存在のあかし」が記されている
ーー最後に読者の方々に向けて、古文書の保存することの意味をお伝えいただきたいです。
村石さん 例えば、自分が生まれてすぐの頃に両親と撮った写真があったけれど、それが消えてしまったとします。このとき、写真という形での記録は失われてしまうんです。まだ親や自分が生きているうちは、自分が小さい頃のことは記憶として残りはするけれども、時間が経って全員がこの世からいなくなれば、記憶の中にしかなかったものも消えてしまいます。
古文書も同じで、それが消えてしまえば当時の人々の記憶の中以外にはどこにもないような、一点ものの記録ばかりです。私たちが扱ってきた古文書の中にも、それが今まで残っていなければ、誰もその存在を知らなかった人々の記録がありました。

古文書を残すということは、そうした人々の「存在のあかし」を残していくということだと思います。
ーー古文書の重みを実感できるお言葉ですね。肝に銘じます。本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました!
インタビューを終えて
村石さんをはじめ研究者や行政で働く方々には、古文書の保存のために所有者に保管を義務づけたり、強制的に回収したりするような権限は無く、最終的に古文書の処遇はその持ち主にゆだねられます。社会のあり方が大きく変わる今、古文書の持ち主や歴史に興味がある市民、また研究者など、誰にとっても最善の方法を探す姿に、見習わなければならないところがたくさんあると感じました。
みなさんの家や離れた場所にある実家、親戚の家などにも、古文書が眠っているかもしれません。もしそうした史料に悩むことがあれば、ぜひお近くの史料館や自治体に相談してみてくださいね。
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