野付半島の先端へ!
野付半島ネイチャーセンターを出たあと、先端に向けて再び車を走らせます。
しかし、走らせるといってもあまりスピードを出すのも危険です。
というのも……

ちゃんと前を見てゆっくり走行しないと、野生動物と衝突してしまう可能性が大いにあります。
野付半島を往復しただけで、道路を横切るシカに2度、キツネに1度遭遇しました。
途中からは車で行けないので、砂浜を2.5kmほど歩きます。

このあたりでは漁業が行われており、ふだん漁師さんが利用しています。
江戸時代末期の頃はより漁業が盛んで、漁の番屋や蔵などが60軒ほど立ち並び、賑わっていたといいます。現在もそうした建物の遺構が一部残されています(荒浜岬遺跡)。

少し北側には国後島に渡るための通行屋が置かれました。発掘調査では陶磁器や金属製品が見つかっており、周辺のどこかに歓楽街が形成されていたという伝説もあります。
今は何もない景色が広がっていますが、古くは人の往来があり、生活が営まれていたというのは驚きですね。


砂浜はやわらかく、足を取られるためかなり疲れます。
また強風が吹いており、波も激しく打ちつけます。
両側を海に囲まれ、水平線ばかりが見えるだけで、自分を守ってくれるものは何もありません。

自然の中を歩くのは慣れているほうだと思いますが、大きすぎる自然に対する恐怖心を今回は久しぶりに感じました。

30分ほど歩くと、ようやく先端が見えてきました。

先端付近の海を見てみると、外湾と内湾の波の激しさがまったく異なるのがわかります。

というわけで野付半島の先端に到着しました! 遠かったし怖かった!


日本の最東端でもなんでもないですが、これまでの恐怖心に少しだけ勝る達成感があります。
これであの変な地形の先端まで来たわけですが、このエビみたいな地形、どうやってできたのか不思議じゃありませんか?
野付半島は「砂嘴」という地形
野付半島のこの不思議な地形は、「砂嘴」といいます。
砂嘴は、海流によって運ばれてくる土砂の堆積によってつくられる地形です。
海流によって運ばれた土砂が野付半島の付近に堆積し、現在のような地形を形成したのです。
野付半島の形成が始まったのは、今からおよそ4000年前。
最初は小さな岬が伸びる形で発達し、徐々にカーブしながらこの特徴的なフォルムになりました。

今の先端部分に向かう分岐は17世紀以降に形成されたようです。江戸時代の初めにはなかったと考えると、とても短い期間で地形が変わっているのがわかります。
ナラワラやトドワラなどの林も、この短い間に形成され、あっという間に消滅してしまうということなんですね。
植物も含めて、地球からしたら生命なんてほんの一瞬のものなんでしょうか。
【検証】野付半島は今も伸びているのか?
野付半島の先端部は現在も伸び続けているといわれています。
本当なのか検証してみましょう。
1950年代以降に航空機から野付半島を撮影した画像を見てみます。
1952年の野付半島

あれ、なんか先端短くないか!?
2026年の衛星写真と比較してみましょう。

他の部分に比べて、先端部分だけ明らかに伸びています。
1952年に記事を書いていれば2.5kmも歩かずに済んだのに!
詳しく見ると、半島の細かな地形も少しずつ変わっているのがわかりますね。
時系列順に見てみよう
1952年から2026年にかけて、時系列順に並べて見てみましょう。


というわけで、少なくともここ70年は野付半島の先端は伸び続けていそうです。
まとめ
先端まで30分かけて歩いてきたということは、車のある位置までまた30分歩かなければいけないということ。しかし、行きであれだけ怖かった30分の道のりも、帰り道は一度通った道だからかあまり怖くありませんでした。
今回野付半島を旅してきましたが、たった数十年で地形や植生が変わってしまうこの場所の、今しか見られない風景を見ることができました。
次に訪れるときは、また違った野付半島が見られるかもしれません。
今度は先端まで1時間歩くことになったりして……
おまけ(フォトギャラリー)



ここまでお読みいただきありがとうございました!
使用した衛星画像:Contains modified Copernicus Sentinel data [2026]
使用した空中写真:地図・空中写真閲覧サービスより引用、いずれも筆者が編集・加工(USA-M5-6-2-131 MHO652X-C11-23 HO832Y-C3-22 HO951X-C5-23 HO20055X-C4-20)
【あわせて読みたい】









