連載「ニュース解体中」(更新:隔週月曜)
テレビやスマホに流れてくる、政治や経済のニュース。「大事そうだけど、なんか難しそう……」と思って、見過ごしたことはありませんか?
この連載では「ニュースを見るのがニガテ」な方にも向けて、いま知っておきたいニュースやその裏側を紹介。ニュースを「解体」するように、わかりやすさ・おもしろさ重視で解説します! ご意見・ご感想はXのハッシュタグ #ニュース解体中 でお寄せください。
日曜夜に放送中のドラマ『VIVANT』。自衛隊の非公認部隊「別班」が活躍する壮大な物語だが、主人公の乃木らが国をまたいで情報戦を繰り広げるさまに、毎週ハラハラしている人も多いだろう。
そんな折、現実の日本にもどこか似た雰囲気のニュースがある。実は今年(2026年)7月31日、「国家情報局」という首相直属の機関が発足したのだ。“日本版CIA”なんて呼ばれることも多い。
国家情報局が発足、インテリジェンス司令塔 首相議長の会議が初会合https://t.co/ZRp8J9S9TX
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) July 31, 2026
「CIA」と聞いて思い浮かぶのは、まさに『VIVANT』や『名探偵コナン』に描かれるようなスパイの世界だろうか。黒服に黒いサングラスの出で立ち、何カ国語も操り、敵地に潜入してときに銃撃戦を繰り広げる……。「日本にも、“ああいう仕事”の人が増えるの?」と思った人もいるかもしれない。

先に言ってしまおう、それはかなりの誤解を含んでいる。「別班」が実在するかどうかはドラマをご覧の皆さんの想像に任せるとして、現実のCIAのような「情報機関」の活動は、フィクション的な「スパイっぽい仕事」ばかりではない。むしろその中身は、拍子抜けするほど地道な……「インテリジェンス」と呼ばれる活動がほとんどだ。
今回は、この「インテリジェンス」の正体と、新しい「国家情報局」が私たちの生活にどう関わってくるのかを解体していこう。
スパイの仕事は、9割が「机の上」
世界各国の情報機関による分析の9割以上は、誰でもアクセスできる「公開情報」を収集・分析するOSINT(オシント)という手法によるものだといわれる。ニュース、企業の登記情報、学術論文、商用の衛星画像、あるいはSNSの投稿……それらを突き合わせて分析する。たとえば画像データをもとに、撮影された場所を特定するような分析もOSINTの一例だ。
情報機関の仕事の大部分は、潜入でも変装でもなく、机の上で始まっている。

一方で、スパイ映画や小説が繰り返し描いてきたのは、人と接触して情報を得るHUMINT(ヒューミント)という手法※1。たしかに派手で物語になりやすいが、実際のHUMINTはコストもリスクも大きい。公開情報では取れない「相手が隠している意図」を補うための手段、という位置づけなのだ。
こうした情報機関の活動は「インテリジェンス(intelligence)」と呼ばれる。インテリジェンスの核となるのは、玉石混交で、そのままでは使いものにならない生の情報=「インフォメーション(information)」。それを集め、分析・評価して、「意思決定者が判断できる状態」にまで加工したもの、あるいは加工するプロセスがインテリジェンスだ。
SNS上の「〇〇を爆破してやる!」という物騒な書き込みも、それだけ見ればただのイタズラかもしれない。しかし他の情報(インフォメーション)と突き合わせ、「これは本物の脅威だ」と評価されたなら、それは国が対応すべきインテリジェンスになる※2。

ターゲットの姿を「一度も見ずに」制圧
「インテリジェンスとは何か」を示すわかりやすい例として挙げられるのが、国際テロ組織「アルカイダ」の指導者、ウサマ・ビンラディンの殺害作戦をめぐるアメリカ政府の動きだ。ビンラディンは2001年のアメリカ同時多発テロ、いわゆる「9.11」で約3000人の命を奪った組織の指導者である。

驚くべきことに、アメリカ側は作戦の決行まで、ビンラディン本人の存在を一度も直接確認できていなかったとされる。潜伏先とみられる建物の観察、人づての情報、通信の傍受……長期間の準備でさまざまな情報を積み上げ、「ここにいる“可能性が高い”」という評価を導き出したのだ。
作戦の最終盤、ホワイトハウスの分析室「シチュエーションルーム」に情報が集められたときも、奇襲をかけるべきか否か、閣僚たちの判断は割れていたという。それでも最後は、集められ・整理されたインテリジェンスをもとに、オバマ大統領(当時)が「作戦決行」の決断を下した※3。

ここに、インテリジェンスの本質がある。いわば国家規模の天気予報のようなもので、「100%」の確証はないのだ。
観測所や気象衛星で雨雲のデータ(インフォメーション)をかき集めて、「降水確率80%」といった判断材料(インテリジェンス)を提示するのが、情報機関の仕事。そしてその予報をもとに、傘を持って出るかどうか——事態にどう対処すべきか——を決めるのは、大統領や首相といった政策決定者である。
「スパイ」たちの仕事の実態は、かなり地味な下働きともいえるものだ。しかし、この途方もなく地味な作業の精度が、国の判断の精度をそのまま決めることになる。
インテリジェンスはデジタル時代の「防災」
「で、それを日本がやる必要があるの?」と思うかもしれない。逆から考えてみよう:国がインテリジェンス活動をおろそかにすると、どんな困りごとがあるのか?
ひとつには、国際社会で信頼を失うことになりかねない。アメリカ・イギリスなどの国々は「ファイブ・アイズ」と呼ばれる枠組みで機密情報を共有しているが、その前提にはお互い「口がかたい」という信頼関係がある。一方で日本は、情報を守る体制の弱さから「スパイ天国」と揶揄されてきた過去がある※4。
口の軽い友達にプライベートの相談はしづらいのと同じで、「情報管理がなっていないあの国に、重要な情報は渡せないよね」という流れが生まれてもおかしくない。

もうひとつは、私たちの生活へのリスクだ。インテリジェンス活動は、スパイ映画のような「攻め」というより、さまざまなリスクへの「備え」に近い。それが不十分なら、たとえばこんなことが起こりうる。
◉サイバー攻撃:電力や交通のシステムに被害が出て、電車が止まり、信号は消える。ネットバンキングが使えない。自動運転が普及した未来なら、車が乗っ取られて暴走する可能性も。
◉偽情報の流布:本物そっくりのAI動画が拡散され、選挙結果が操作されたり、災害対策に遅れが出たりする。
◉海外訪問が危険に:旅行先・赴任先で、政変や紛争の情報が届かず逃げ遅れる人が出る。

こちらの方がフィクションに出てきそうな、恐ろしい事態ばかりだ。こうした例は少々極端なものだとしても、インテリジェンス活動は決して「遠い世界のスパイの話」ではなく、デジタル時代に不可欠な「防災」、と言ったほうが実態に合っているだろう。
ちなみに、「情報を整えて判断につなげる」営みは国家の専売特許というわけではなく、民間のグローバル企業でも「インテリジェンス部門」を置き、海外情勢を読んで経営判断に生かす取り組みが増えつつある。
で、「国家情報局」は何をするのか
インテリジェンスの基礎が呑み込めたところで、日本に誕生した「国家情報局」の話である。
これまでも内閣には、「内閣情報調査室(内調)」という情報部門があった。ただし「室」という控えめな立場では、外務省・警察庁・防衛省といった各省庁に「情報を出してください」とはなかなか言いにくい面もあったと推測される。
今回の改革は、内閣総理大臣直属の「局」に格上げし、政府の各機関に集まる情報を集約できる司令塔にするものだ。

ちなみにアメリカでは、ドラマでよく聞く「FBI(国内の治安維持)」など多数の機関がインテリジェンスを分業していて、CIAはそのひとつという立ち位置になる。自ら情報を取りに行く「現場」であるCIAに対して、国家情報局は政府全体から情報を集めて、分析する場だ。だから、「国家情報局=日本版CIA」という表現もやや不正確ではあるといえる※5。
まとめ:私たちの関心が問われる
さて、インテリジェンスという意外に知られていない仕事の地味さと、日本に誕生した「国家情報局」が担おうとしている役割を見てきた。
筆者は海外在住だが、外から見ていると、日本という国が情報の世界でどう扱われているかを肌で感じる場面がある。今回の体制づくりは、国際的に見れば自然な流れの中にあるように思える。
一方で、こうした動きには根強い批判もある。国の情報機関を強化することは、ほぼ必ず「国民に説明されない領域が増える」ことも意味するからだ※6。国際社会で信頼される「秘密が守れる国」は、すなわち「自国の国民に対しても口がかたい国」である。

700人超の体制で発足した国家情報局だが、人材の確保・育成という課題も残る。組織の箱はすぐできても、中身が整うには時間がかかるものだ。膨大な情報を整理して「これは総理に上げるべきだ」と見極める判断力は、一朝一夕には身につかない。
おそらくこれから問われるのは、健全な意味での「監視」の仕組みをみんなで育てていけるか、という点だ。「監視の仕組み」といっても、そんなに特別な話ではない。フィクション作品でイメージを固定化せず、インテリジェンスの実際を少し知ってみる。あるいは国家情報局のニュースが目に入ったとき、「必要な機関なんだ、へえ」の一言で考えるのをやめたりしない。この組織を持つ側になった私たちにできるのは、そうした積み重ねだろう。
あなたはこの新しい組織と、どう向き合っていくだろうか。
記事への感想・ご意見、取り上げてほしいテーマを #ニュース解体中 でぜひ教えてください。次回もお楽しみに!
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※1↑ 情報の集め方にはほかにも、通信や電子信号を傍受する「SIGINT(シギント)」、衛星画像などの地理情報を活用する「GEOINT(ジオイント)」、物質が発する電磁波などを探知する「MASINT(マシント)」といったものがあり、実際の諜報活動では複数の手法が組み合わされる。
※2↑ 今年(2026年)7月のシンガポールでは、10代の少年たちの学校襲撃計画が政府の知るところとなり、事が起こる前に拘束されるというできごとがあった。少年たちはネット経由で過激思想に染まっていたという。
※3↑ このときの様子を捉えた「シチュエーションルーム」の写真はホワイトハウスが公開したもので、現在では世界的に有名な写真となっている。
※4↑ 独自の対外情報機関や、スパイ行為を直接取り締まる法律を持ってこなかったことが背景にあるとされる。今年(2026年)、米ニューヨーク・タイムズ紙が「日本はロシアの情報機関員の活動拠点になっている」と報じたほか、昨年には国会で「日本はスパイ天国」という評価のいかんを問う質問がなされた(当時の石破首相はこの評価を否定している)。
※5↑ よりCIAに近い、人を介した対外情報収集を担う「対外情報庁」の設置が別途議論されている、という報道もある。
※6↑ 国家情報局の発足は「特定秘密保護法の制定(2013年)」「国家安全保障会議の設置(2013年)」など、約10年をかけて段階的に組織が整備されてきた流れの延長にある。特定秘密保護法の制定当時は、「知る権利」や報道の自由が制限されることへの懸念から、強い反対運動が起きた。
更にさかのぼれば、1985年に国会で提出された「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」、いわゆるスパイ防止法案も問題になった歴史がある。このときは国家秘密の漏洩に厳罰を科す内容に批判が集まり、結果的に廃案となった。
【画像出典(画像を一部加工しています)】
ウサマ・ビンラディン:Wikimedia Commons Hamid Mir CC BY-SA 3.0
首相官邸:Wikimedia Commons atgw CC BY 2.0










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