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こんにちは、鹿野です。

皆さんは学校やテレビなどで、「すべての漢字には意味がある」という話を聞いたことがありますか? 名前に漢字が使われている人も多いでしょうし、見慣れない熟語に出会ったときなど、私たちが「漢字の意味」を意識する機会は多いと思います。

では、皆さんはこれらの漢字の意味を知っていますか?

それぞれ「葡萄ぶどう」「徘徊はいかい」に使われている漢字なので、見覚えはあると思います。しかし実は、これらの漢字は単独では意味をもたず、熟語になって初めて意味をもちます(※1)(※2)。「仮名とは違い、すべての漢字には意味がある」というのは、よくある勘違いなのです。

では、なぜ「意味をもたない漢字」というものが生まれるのでしょうか? この記事では、その理由をわかりやすく解説します。

「意味をもたない漢字」と深い関わりがある「当て字」

まずは「意味をもたない漢字」と深く関わりのある「当て字」について、簡単に説明します。当て字とは、漢字の意味には関係なくその読みを借りて言葉を表記する方法のことです。

▲当て字の例

例えば、アメリカを「亜米利加」と表記することがありますが、アメリカという国と「亜」「米」「利」「加」という漢字の間には、意味上の関係はありません。アメリカという言葉がまず先にあり、それを漢字で表記しようとしたときに、発音が近い「亜」「米」「利」「加」という漢字を借りてきただけです。

同じように「根拠や節度のないさま」を表す「やたら」という言葉には、「矢鱈」という漢字表記がありますが、武器の「矢」や魚の「鱈」とは意味上の関係はありません。

型録カタログ」のようにある程度意味も反映できている当て字もあります。確かに「肩六」などより「型録」のほうがカタログっぽいですが、あくまで重要なのは意味ではなく発音です。

また、「米」という漢字1字でアメリカを表すことがあります。しかしあくまで「亜米利加」という表記ができた後に、それを略して「米」だけでもアメリカを表すようになっただけです。もともと「米」にアメリカの意味があったから「亜米利加」と書くようになったというわけではありません。

▲「米」がアメリカを表すようになるまで

つまり、必ずしも漢字表記に熟語の意味が反映されているわけではなく、言葉と漢字の意味が全く関係のないケースがあるということです。

とはいえ、「米」や「矢」などの漢字は1字で意味をもちます。「意味をもたない漢字」とはどういうことなのでしょうか?

「萄」「徘」が意味をもたない理由

冒頭で紹介した「葡萄」や「徘徊」も当て字の一種です。なかでも、果物の「ブドウ(※3)」は、西域から中国にもたらされた言葉です。「ブドウ」という言葉がもたらされた当初は、既に中国に存在していた漢字を当てて、「蒲陶」と書かれることがありました。

その後「蒲陶」は以下のように表記が変わっていき、その過程で「葡」「萄」という新しい漢字が生まれました。

▲少しずつ2字のパーツが揃っていっている

ここで「陶→萄」という変化は、あくまで「ブドウ」の漢字表記において起こったものなので、例えば「陶器」が「萄器」に変化したわけではありません。つまり「萄」は「ブドウ」の「ドウ」専用の漢字です。

また「蒲陶」は当て字なので、この「陶」は「ブドウ」と意味上全く関係がなく、「ドウ」という発音を表すためだけに用いられています。つまり「萄」は「ブドウ」の「ドウ」という発音を表すための漢字で、単独では意味をもたないのです(※4)

このように、当て字に用いられていた既存の漢字のパーツが変化したり足されたりして、当て字専用の意味をもたない漢字が生まれてしまうことは少なくありません

ちなみに「葡」は、「葡萄牙ポルトガル」の略として単独で用いられることがあります。

なお、「徘徊」は「葡萄」のように西域からもたらされた外来語ではありませんが、「萄」と似た理由で「徘」も単独では意味をもちません。

そもそも「ブドウ」を漢字1字で表せばよかったのでは?

読み・意味がともに「ブドウ」である漢字1字を作っておけば、意味をもたない「萄」という漢字が生まれなかったのでは?と考える方もいるかもしれません。

しかし、中国では原則として漢字1字の発音は1音節(※4)です。意味上は「ブ」「ドウ」に分けられなかったとしても、発音上は「ブ」「ドウ」の2つに分かれるため、漢字でも「ブ」「ドウ」に分けて表記するのが妥当です。

「ブドウ」のように、意味上は2つに分けられないが発音上は2つに分けられる言葉のことを「連綿語(※4)」と呼ぶことがあります。

「葡萄」「徘徊」以外にも、連綿語は身近にたくさんあります。いずれも発音を表すために漢字があてられているため、原則として言葉の意味と漢字の意味には関係がありません。

▲連綿語の例。漢字は難しめだが言葉自体は有名

このうち「轤」「韆」「齷」「嚀」などは、単独で意味をもちません。

ちなみに「寧」という漢字は単独で「安らか」「むしろ」などの意味をもちますが、「丁寧」は当て字なので、「丁寧」における「寧」は意味をもちません。意外かもしれませんが、「丁寧」に「寧」が含まれているのは、心が安らかになるからというわけではないのです。「亜米利加」に「利」「加」が含まれているのは、世界に益をえるからではないのと同様です。

辞書にも間違いが多い

ここまで紹介した通り、漢字には単独で意味をもたないものがありますが、辞書によってはこれらが意味をもつような説明がなされていたり、誤解を招きやすい記述があったりします。

辞書が間違っていると聞くと頭を抱えたくなりますが、すべての辞書が間違いばかりというわけではありません。ちゃんと信頼度の高い辞書も存在します。特に『漢辞海』は比較的信頼度が高く、かつ各熟語が連綿語がどうかが明記されているのでおすすめです。なお、載っている漢字や熟語が多い辞書ほど信頼できるというわけではありません。

また、連綿語によく見られる特徴を知っていれば、辞書の記述に疑問をもつことができます。最後に、連綿語かどうか見分けるヒントを紹介します。

▲連綿語によく見られる特徴

まとめ

熟語の意味漢字の意味に関連があるとは限らない ・当て字や連綿語専用の漢字が存在し、それらは単独では意味をもたない ・単独で意味をもたない漢字に関しては、辞書にも誤った記述が多い


※1^ 『説文解字』に「萄:艸也。从艸匋聲。」とあるが、葡萄の「萄」とは無関係だと考えられるため、ここでは「萄」は単独で意味をもたないと考えている。

※2^ 実は「徘」単独でさまようことを表す例は、日本・中国の両方で一応存在はする。しかしアメリカを意味する「米」のように、あくまで「徘徊」という漢字表記があり、その後で「徘」が単独で用いられるようになっただけだと考えられる。

※3^ この記事では便宜上、(昔の)中国語の発音ではなく、現在の日本語の発音を用いて説明している。

※4^ 「音節」「連綿語」などの用語は『漢辞海第4版』に従っている。

参考文献

佐藤進・濱口富士雄編(2017) 全訳 漢辞海(第四版). 三省堂

裘錫圭:稲畑耕一郎・崎川隆・荻野友範訳(2022) 中国漢字学講義. 東方書店

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この記事を書いた人

鹿野

東大数学科の鹿野(かの)です。普段は漢字の記事を中心に書いています。漢検・英検・数検などで1級取得済。

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