2021年1月。ライターの仕事をはじめたての僕は、ある邪な気持ちを抱きます。
「取材を口実にして、おいしいものが食べたい!」
とはいえここはQuizKnock。まさか「渋谷のおすすめグルメ5選!」みたいな記事を書くわけにもいきません。しばらく考えてから、僕は業務チャットにこんなことを書き込みました。
3ヶ月後の自分が、このテーマに振り回されることになるなんて知らずに。
まずは観察
時は流れて4月。「気になることば」の枠で、このテーマを書くことになりました。そうとなれば取材です。焼き鳥屋さんへGo。
それでは「つくね」からいただきます。仕事ですからね、真面目に味わいます。
見た目は球というより円柱に近い形で、たっぷりとタレがかかっていました。かじるとふわふわした中に鶏肉の風味がします。タレはかなりしょっぱいのですが、卵黄をつけるとまろやかに落ち着いてグッドですね。
では次は「つみれ」。出しているお店を探すのにちょっと苦労しましたが、おいしい料理が食べられるんですから問題ありません。
こちらはいわしのつみれ汁。やや扁平な球形で、つくねより一粒一粒が粗い印象を受けます。口に含むとほろりと崩れて、いわしの香りが出汁と一緒に口の中いっぱいに広がっていきました。非常においしい。
ふたつの比較
満足したところでこの記事を終わらせ……え? 食った分は働けって?
それもそうだ。では、ふたつの料理の違いを表にまとめてみます。
では、このふたつの違いはどこにあるのでしょう? 『理論と実際の調理学辞典』(朝倉書店. 1987.)を引いてみました。
つくね(捏) 手でこねて丸みを帯びた形に整えた料理のこと. (後略)
つみれ(摘入れ) 材料を少しずつつまんで汁に入れて煮たもの. (後略)
……ふむふむ。どうやら、「つくね」と「つみれ」は、材料(肉や魚のミンチ)とつなぎ(卵や小麦粉など)を混ぜ合わせるところまでは同じで、そこから先で「しっかりとした成形の工程を挟むかどうか」によって区別できるようです。
成形のために押し固める工程が入っている「つくね」は口の中でもまとまりを保ち、適量をそのまま鍋に入れる「つみれ」は口の中で崩れやすい、ということになります。
考察
まだ謎は残されています。「つくね」と「つみれ」、似た料理なのに、どうしてこのような違いが生じたのでしょう?
あくまでも僕の仮説であり、裏付けは何も取れていないのですが――そもそもこのふたつの料理は、設計思想が異なるのだと思います。
「つくね」は、食感がコントロールされており、味付けにも濃いタレが使われています。言い換えれば、「素材を塗り潰す」調理法でしょう。対して、「つみれ」のもろさは「素材の香りを引き立てる」ために必要であり、味付けも薄くされます。
つまり。「つくね」は「比較的安価な食材を、よりおいしく食べる」ために発明された調理法であり、「つみれ」は「風味ゆたかな食材のおいしさを最大限に引き出す」ために発明された調理法である。僕は、このように考えます。
繰り返しますが、これは僕の仮説であり、一切の裏付けはありません。それぞれの歴史を紐解いても、「つくね」は明治時代以降、「つみれ」は江戸時代以降に記述がみられることがわかったくらいで、発明者や命名者の話は見つけることができませんでした。
軽い気持ちから始まったこの記事。実食、調査を経て執筆を終える頃には、すっかり「つくね」と「つみれ」に愛着が湧いてしまいました。今度からお店にあったら迷わず頼んじゃいそう。
「気になることば」は、「好きになることば」でもあるかもしれません……なんちゃって。以上、今週は大野がお届けしました!
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